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ももたんの発達障害ライフ

発達障害当事者であるももたんの声をお届けします

この人なら大丈夫と思ったきっかけ

わたしが今の心理士さんと初めて会った時、色んなことを試した

 

わざと乱暴な口調で話したり、適当なことを言ったり、ぶっきらぼうな態度をとったり

 

この人は本当にわたしなんかを担当して大丈夫なのか、散々な態度をとった

 

それでも心理士さんはわたしを否定しなかった
寧ろ、大らかな広い心で受け入れてくれた

 

そして、わたしを悲しそうでもなく「興味深そうな瞳で」見つめた

 

その真っ直ぐな「何か奥深いものを見つめる興味深そうな瞳」を見た時、わたしは初めて「この人なら安全だ、わたしに合うんだ」と悟り、彼女を「認めた」のだ

 

初めて会った時からそうだった
茶目っ気のある喋り口調でありながら、人の心の奥の奥まで見つめる瞳をしてる

 

わたしが彼女を「認めた」決め手は、その瞳だった

 

「この人、最高に面白い瞳の光を持っているな」

 

今までに見たことの無い瞳を見たワクワク感
この人になら、他の人には話せないこと、表せない感情、全て出せる…!

 

それから僅か1ヶ月半後、わたし自身がまさか彼女と同じ臨床心理士を目指すとは思ってはいなかった


けれど、何かデカイ決意をするんだろうなという感覚は少なからずあった

 

今、彼女のカウンセリングを受けて、悩みつつも本当に充実した日々を過ごしている

 

彼女に会ったタイミングもまた良かったのかもしれない
何より彼女をわたしの担当に指名した主治医は、本当に凄いなと思う

 

また彼女はとても感性が豊かで、カウンセリング中わたしの声、表情、感情など細部にまで本当に神経を研ぎ澄ませて全身で感じながら接してくれる

 

お互いを尊重し、理解し、ぶつけ合いながらのカウンセリングは、わたしがずっとずっと待ち望んでいたものだった

 

彼女と同じにはなれないけれど、そんな人にわたしはなりたいと、心から思う

帰るべき場所がきっとある〜わたしのファーストクラス〜

わたしには帰るべき場所があるのだと、最近思うようになりました

 

具体的に想像ができます

 

そこは森を越えたとある草原

そこにはひとつの小さな木の小屋があります

わたしはそこへ、疲れ果てた状態で足を引きずって辿り着きます

 

木の扉を開けると、そこにはわたしを助けてくれたり、見つけてくれた人たちがたくさんたくさん集まっていて、わたしを見て

 

「おかえり」

「待ってたよ」

 

と笑顔で声をかけてくれます

 

わたしが呆然としながら中を見渡すと、人々はそれぞれ会話を楽しみ、料理に舌鼓をうち、本当に幸せそうにしています

 

そこにはわたしを助けてくれたり見つけてくれた人たちがたくさんたくさんいます

 

部屋の中は暖かくて、テーブルには誰が作ったのか手料理まで並んでいる

 

わたしが例えボーッと座っているだけでも満たされるような、そんな空間

 

憧れてた温かい空間

 

帰るべき家がこんなところにあったんだと

 

わたしはこれを想像すると、いつでも涙が勝手に溢れてきて、止まらなくなります

 

求めてた、けれど、届かった

憧れてた、けれど、手に入らなかった

 

そんな想いが涙になってどんどん溢れて止まらなくなるのです

 

きっと想像と全く同じ空間は手に入らない、けれど、想像してると切なく悲しいながらも、どこかにあると信じれば温かい気持ちにいつかなれるのかなと、僅かな希望を抱ける…

 

今はただひたすら切なく悲しい気持ちになります

けれど、この想像があって、きっと何処かにこの空間があるんだろうと思うことで、少しずつ希望を持てるようになれたら…

 

わたしはファーストクラスなどを利用できる立場の人間ではありません

夢のまた夢、大いなる贅沢です

 

けれど、その想像の空間が本当にあるのなら、わたしは例え疲れ果てて足を引きずってでも辿り着きたい、そして、其処こそがわたしにとってのファーストクラスの空間なのだと、思うのです

 

今も書いていて涙が溢れてきます

 

届かない、憧れてた、決して叶わない夢のような空間…

 

ありふれた日常の中で、その夢をずっとずっと見続けて、わたしは死んだら天国じゃなくて、其処に行くんだと、今もこれからもずっとそう思い続けるのでしょう

 

切なさで胸が張り裂けそうですが、この死後の世界へ僅かな希望があるからこそ、今を必死で生き抜こうと思えるのだ

 

そう言い聞かせて、明日も生きていこうと思います

母へ

母へ

わたしを産んだのは何故?

「子どもなど嫌いだ」

とまで言わしめてわたしを、わたしの弟妹を産んだのは何故?ずっと不思議でなりません。

わたしはあなたを信じていました。というより、信じさせられてたのかも知れないですね。宗教の力も借りて洗脳していたのだとわたしは思っています。

わたしはあなたに愛されたかったです。沢山褒めて欲しかったし、抱き締めて欲しかったし、頭を撫でて「頑張ったね」って言って欲しかった。泣いてたら慰めて欲しかった。母親なら普通にすることが出来ないあなたはわたしから見ても惨めで可哀想です。

あなたは幼い頃ネグレクトにあいましたね。あなたの母はあなたをちゃんと見てこなかったし、あなたの父はアルコールに溺れていた。それでもあなたと違うところがちゃんとあったの、あなたは知ってたかな。

あなたの母は今精一杯の罪滅ぼしをしているのに気付いてる?人生の最期をそろそろ迎えるにあたって、あなたやあなたの弟妹を必死で考え、燃え尽きそうな命をかけて孫を愛している。あなたはそれが出来るかな。

あなたの父は昔から子煩悩で仕事熱心だったの、わたしは知ってるよ?可愛がってくれてたの覚えてない?自慢したかったの、あなたの父にとってあなたは自慢の娘だったのよ。酔っ払ってそれを迎えに行ったあなたやあなたの妹もつらかったと思う。けど、それでも働いて子どもが増えれば自ら働いたお金で家を増築したことは覚えてるよね?それでもそんなあなたの父を「お粗末だ」と言う?アルコールに溺れたこと以外は素敵な父親像だったとわたしは思う。

わたしは兼ねてからずっとあなたのこんな姿を胸に抱いていました。何重にもかけた複雑な鍵の向こうで、部屋の隅っこでひとり頭を抱えてうずくまるあなたの姿をずっと見ていました。

そしてその姿を浮かべる度にあなたの鍵をこじ開けて何故そうしてるの、出てきてと叫びました。けど、あなたは動かないし出てこない。あなたの心を引き裂いて、中身を取り出して見てみたかった。それはどんな姿をしているのか、どんな形をしているのか。

けれどあなたは見せてくれなかった。怖がって鉄の鎧を身に纏って脱ぎ捨ててはくれなかった。わたしは鍵を開けようとする手を下ろしました。涙がどっと溢れ、その場でしゃくりあげて声を上げて全身を震わせて泣き、一頻り激しく泣いたあと、ふらつく自分の身体をわたしはたった1人で抱きかかえてあなたの心の前から永遠に立ち去りました。その夜はとっても寒くて、けれど毛布一枚もあなたにかけることはもう出来ないししない。

あなたは孤独な人です。あなたは天涯孤独なのかもしれない。あなたのパートナーをあなたはずっと卑下してきて、それをわたしの弟妹にも伝えてきた。パニック発作を起こしてあなたのパートナーは凄く心配したのに、その手を振り払う。あなたの人生は孤独で出来ているの?

あなたの心は今どんな色をしてるのかな。昔の写真を見ました。あなたの眼は猜疑心でいっぱいな色をしてカメラを見つめていました。当時あなたは13歳。思えばその時から心を閉ざしていたのかも知れないですね。

あなたの人との関わり方を見てると、あなたは「複数の自分」を持っていますね。幼馴染といる時は天真爛漫な人格、友人といる時は何か触れられることを怖がっているような人格、わたしたち子どもといても、幾多もの人格を見ました。あなたは自分を解離させることで自分をコントロールしてきたんですね。あなたに自覚は無いと思いますが、あなたとわたしは皮肉にも本当によく似ている。つらい現実です。

あなたは人を信じることが出来ない人だと常日頃から思っていました。その代わり神なら信じていますね。それで救われてるのでしょうけれど、わたしは救われない。わたしはあなたに知らせず宗教から身を引くことにしました。あなたが知ったらあなたはわたしを傷つけに来ると思ったからです。

けどね、わたしももう大人なの。自由にさせて欲しいんです、そこは。

あなたにされたことは確かに酷いことだった。だからわたしはあなたを許すことはまずしません。介護もしないし、葬儀も納骨にも同席しないつもりです。けれど、もしあなたが死んだら、わたしは三日三晩と言わず泣くかも知れない。

何故わたしを愛してくれなかったの?

何故わたしを抱き締めてくれなかったの?

何故わたしを褒めてくれなかったの?

何故わたしを産んだの?

何故?何故?何故?

そう言いながら泣き叫ぶと思う。血を吐くまで泣き続けると思う。

そして気付くんです、わたしはずっとあなたに愛されたかったのだと。今これを書いて目尻からすうっと一筋の涙がこぼれ落ちた。胸も苦しいし、身をよじって苦しみながら書いている。けれどわたしにはあなたの細くなった身体は痛々しくてもう抱き締めることは出来ない。抱き締める気にもなれない。あなたも昔抱き締められたことは無かったのだろう、けどあなたの友人たちが皆あなたを抱き締めようとしても、あなたは拒むよね。やっぱり怖いのかな?一度温もりを覚えたらまた依存しそうな気もする?わたしの想像でしかないけれど。

あの日鍵の向こうで悶え苦しむあなたを置き去りにしてわたしがわたしの道を進み始めた時から、あなたへの想いは止まっています。あなたとの空間はまるで時が止まったように。その空間から少しずつわたしは歩みを進めているので、実質あなたとは心がどんどん離れていっています。わたしはそれでも良いけれど、あなたは果たして本望かしら?まだわたしに触れようとしてるその証拠に、去年の年末、あなたから毎年送られてる手帳が届きました。わたしはその手帳を使っていません。部屋のどこかにあるとは思いますが。

わたしもあなたのように心に思い鎧を纏ってしまっていたのですが、心理士さんに出会って少しずつ薄くなっている実感があります。あなたはどうだろう?どんどん分厚くなっている気もします。鎧を脱げとはもう言えないし、もう無理でしょう。だからあなたの心は事実上放置します。それにそれはわたしの役目では無い気もするから。

あなたはアダルトチルドレン。わたしもアダルトチルドレン。わたしの子どもはどうなるのかな?させません、絶対に。負の連鎖は断ち切ることがわたしの役目。わたしはあなたとは違う。人に恵まれながらもその手を振り払い続けて生きてきたあなたとわたしは違うんだと思って、あなたを断ち切って生きることがせめてもの抵抗です。

あなたを殺したいとさえ思ったけれど、わたしにはそれは出来ません。あなたはわたしの心にも身体にも刃物を向けたけれど、わたしはしません。あなたとわたしは違うのです、違うのです。だからあなたと同じにはならない。

母の洗脳とは恐ろしいもので、ここまで憎いと思ってもなお、愛されたいとまだ思ってしまう。その洗脳からわたしは闘って抜け出さなければならない。未だ心に母の声が残る、響く、きこえる。あなたを断ち切ったはずなのに、断ち切れていない。嗚呼、涙が溢れてくる。

もうあなたに抱かれることは無いからこそ、別の人にでも抱き締められたいと思ってしまうのだろうか。最近甘えが止まらないのです。本来あなたに沢山抱き締められたかったのですが、もう不可能。頭を撫でて欲しくてもそれも出来ない。寂しくても誰もいない。1人で涙を流し、鼻を啜り、声を殺して泣きじゃくるわたしの姿をあなたは見たことがあっただろうか。

周りからはわたしは「いい子だね」って今も言われ続けます。「優しいね」「いい子だね」「素敵な子ね」と、未だに言われます。あなたの前でいい子でいたかったから、そう演じてきたけれど、それが今でも続いてしまっている。せめて演技ではなく「本当にいい人」になりたいのだけれど、その想いとは裏腹にわたしは人をまだ傷つけることが多い。その度にあなたが浮かび「だから言ったでしょ」という声がきこえる。そしてごめんなさいと自分を責め、この歳になっても泣く。

「あなたの前では8歳の時から泣いてないですね。あなたが「泣くな!」と言ったからです。だから言いつけを守りました。泣きませんでした、褒めてください」

そう言ってもあなたは褒めてはくれない。わたしは未だにあなたに褒めて欲しいと思ってしまう洗脳。母とはそんな存在だったのかと今ひしひしと恐怖を感じます。

あなたを見捨てること、断ち切ることは多分永遠に出来ないと思う。それほど洗脳とは恐ろしいものなのだ。洗脳があるからこそあなたが死んだらわたしは泣き喚くのだろう。恐ろしい。

今も横になってスマホでこれを書きながら涙が目尻からぽたぽたとこぼれ落ちている。時折身をよじって苦しみに耐える。向き合うこととはこういう事なのだと痛感する。

あなたは同じ苦しみを感じたことはある?きくにきけない。だからこれを書いて問うのだ。永遠に問えることのない問いかけ。

あなたに最後に声をかけるとしたら、何を言うだろう?ちょっとここから書いてみる。

 

お母さん、どう?娘に見捨てられる感覚は。あなたがわたしにしたことは許されないの、神様に祈ったってダメなのよ?

わたし、お母さんに褒められたかった。ぎゅーって抱き締められたかった。寂しかった。怖かった。痛かった。つらかった。悲しかった。なのにお母さん何もわかってくれなくて…どうしてわたしなんて産んだの?可愛がれないくせに、なんで子どもなんて産んだの?これでも可愛がったの?そんなのないよ、酷いよ。

お母さん、ぶたないで、痛いよ、怖いよ

お母さん、蹴らないで、痛い痛い

お母さん、お外は怖いよ、寒いよ

お母さん、睨まないで、鬼みたいだよ

お母さん、その手を離して、そこには行きたくない

お母さん、怒鳴らないで、耳が痛い

お母さん、わたし頑張ったの、1人で生きてるよ、歩いてるよ、自分の道も決めたの、頑張るの。お友達と呼んでくれる人もいるよ。わたしを慕ってくれる子もいるよ。喧嘩しても仲直りできたよ。可愛がってくれる人もいるよ。

ねぇ、わたし頑張ったの。沢山沢山頑張ったの。褒めて、褒めて、褒めて、ぎゅーって力いっぱい抱き締めて‼︎

 

…届かない叫びを上げても、届かないものは届かないのです。あなたにはもう届かない。

愛されたいが為に頑張ったわたしの努力は、あなたの代わりに誰が認め、あなたの代わりに誰が褒めてくれるのでしょうか?わたしはあなたに褒められたかったのです。愛されたかったのです。ただその一心で一生懸命期待に応えようとしていたのです…。期待には大きく逸れてしまったけれど…。

 

最後に、まだ母を求めるわたしの叫びを書いて、この手紙に終止符を打ちます。

 

お母さんがいないの、どこにいるの?

わたしのお母さんはどこ?

ねえ、どこにいるの、置いてかないで

お母さん、お母さん、お母さん…‼︎‼︎

 

追伸:

虐待によって自分に起きた障害

解離性障害PTSD、鬱、身体表現性障害

そして、過去から現在にかけて薬物の過剰摂取、自傷行為リストカット、抜毛、自分を殴る、引っ掻く)、癇癪、ヒステリー性失神、てんかんに類似した症状、ストレス性湿疹による上半身の皮膚のただれ、色素沈着、幼児退行…

これに今も苦しめられています…

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わたしの担当心理士さん

わたしの担当の心理士さんは、本当に素敵な心理士さんです

 

朝、病院に行くと、いつも決まったソファにわたしは座ります。受付ではその時間帯は心理士さんや先生がたの出勤時間なので、いつも出勤してくる心理士さんや先生がたを眺めながらカウンセリングを待っています

 

今の心理士さんとは、去年の10月にWAIS-Ⅲを受けた時に初めて出会い、担当になったのは今年の1月でした

 

わたしの表現だとその心理士さんは空気みたいな人です。他の心理士さんは風格があったり、特徴があったりするのですが、その心理士さんは特に目立った特徴も見当たらず、何処にでもいる1人のひょうきんな女性だな、というのが最初も今も変わらないです

ただ、笑顔は本当に子どものような笑顔をする可愛らしいかただな、とは思います

 

その心理士さんは、前の心理士さんとはちょっと、いや、だいぶカウンセリングのしかたが違います。前の心理士さんはかなり遠回り遠回りしてゆっくり近づいて問題点を導き出す、という感じでした

今の心理士さんは、かなり慎重ではありますが、言う時はガッツリとわたしの心に直接突き刺さる言葉をかけます

わたしの心は実はその度に揺らいだり軋んだり、様々な形で崩れそうになります

けれど、心理士さんはそこを直接ではないですが、ぐっと抱きしめてくれて、大丈夫、大丈夫!と言い聞かせてくれます

 

表現が適切かはわかりませんが、わたしはカウンセリングの時は心を剥き出しにします。キーッと怒る時もわっと泣く時も、笑う時も裸の剥き出しの心を曝け出します

心理士さんはわたしの表現でいうと、剥き出しの鎧も盾もないわたしの心臓(心)を素手で(見える形で)しっかり支えて守ってくれる、そんな感じです

 

昨日のカウンセリングで、わたしは

「頑張ったよ、頑張って言えるようになったよ、褒めて!」

と少し冗談交じりで、でも少し本気で言いました。すると、心理士さんはわたしの頭をぽんぽん、と撫でて満面の笑みで

「いい子だね、本当に頑張ったね、えらいよ!」

と言いました

その瞬間にわたしは全身の力が「ふにゃっ」となって、思わずにこっと笑ってしまいました

自然とふにゃっとなって笑ってしまうなんて、どのくらいぶりだったか…

誤魔化すようにわたしは

「いい子って、わたしもう31になるよ」

と笑いながら言いましたが、心理士さんはニコニコを止めずにずっとずっと笑顔でわたしを包み込むように見つめて頷いていました

 

わたしの担当心理士さんの笑顔は本当に魅力と抱擁力があるなと思います。受付を済ませて待っていて、足音で気付いて受付を見ると、心理士さんは決まってわたしを見ています。そして、にこっと微笑むのですが、その笑顔で全身の緊張感が抜けるのです

 

その心理士さんと出会い、まだ担当になって2ヶ月半しか経っていませんが、昨日大きな進歩がありました

「さみしい」

「わたしはさみしい」

とわたし自身が自らの言葉で伝えられるようになったのです。凄く自分でも驚きましたし、あ、言えるようになった、とも思いました

あと、支援者さんに対してはっきりと自分の言葉で意思表示を少しずつですが、出来るようになりました

心理士さんに言われるまでもなく

「わたし言えるようになったよ」

と伝えると

「そうだよねぇ、前は言えなかったもんね」

と凄く嬉しそうな顔をして笑ってくれました

 

わたしが最近思うことなのですが、メンタルの治療、心理療法って、苦しくて苦しくて、凄く怖いけれど、奥深くて面白い、楽しい面もあるなと、より一層興味深くなりました

自分の変化が自分で感じられることの喜びも、また心理療法ならではの醍醐味なのかなと思えるようになりました

まだまだゆっくりとしか歩めませんが、心理士さんの力を借りて、わたしは自分の歩みを続けたい、そう思えました

 

そういえば昨日、カウンセリングルームに入った時、わたしが気付いたのは椅子が変わったこと、ロッカーの向きが変わってたこと、カレンダーの位置が変わってたことが変化でしたが、担当心理士さんはその3つどれにも気付いていませんでした(笑)そこでまた心理士さんに

「観察力すごいね」

と笑われたのは言うまでもありません

 

周りからも今年に入って変わったね、と言われました。思えば最初のカウンセリングではわたしはキーキーなっていて、わざと冷たい態度をとったりして、心理士さんを「試して」いました。けれど、心理士さんは勿論動揺もせず驚きもせず、普段の物腰で接してくださったので、わたしは自然と自分の心を曝け出すことが出来るようになりました

 

心理士さんに感謝です

いつも本当に温かく包み込んでくれて、本当に嬉しくて、わたしを見つけ出してくれたことには、感謝しかありません

 

来週もカウンセリングで自分のどのような変化に気付けるか楽しみでなりません

臨床心理士を目指す

唐突だと思います、自分でも

 

発達障害解離性障害を抱えて臨床心理士を目指すなど

 

今まで自分の基礎学力の無さから避けてきた高卒認定の道でした。けれど、色々な人と話すと思うのです

わたしは自分で言うのもなんですが、洞察力が凄くあるほうだと思います。人の特性や心理を分析するのも自ら自然としてしまいます

この特性をいかして最初はカウンセラーのみの資格を取るつもりでしたが、そこからさらに沢山の人たちと話をし、話をきき、やはりわたしには臨床心理士になるしかない、そこで諦めていても仕方ないと思いました

 

その傍らには、同じ発達障害などで苦しむ友人たちの姿や思いもありました。そして、わたしの担当の臨床心理士さんのことも

 

沢山頑張ってもその実力を見出せなかったり、自らの能力にさえ気付けず、つらい思いをする人たちは、わたしの周りに大勢います

そして、まだ見ぬ人たちの中にも

 

わたしが頑張ることで、発達障害解離性障害でもこんなことが出来るんだ、中卒から頑張ってここまで出来る人もいるんだ、という新たな可能性も見つけられる人がいるかもしれない

 

わたしは別に自分の承認欲求の為に頑張るつもりはありません。確かに自分の生活、自立の為はありますが、人に言われるほど持っているはずの自分の能力をいかさずにこのまま生きて、何が残るのだろう?と常々思ってきました

そんな中人の話をきいたり、カウンセリングを受けたりすることによって、少しずつその思いが芽生え始め、更に行動しよう!と思えるようになったのは、わたしの周りの人がわたしの能力を認めてくれたこと、何より今の心理士さんに出会えたことです

 

30年半ここまで生きて何も無いのはもう嫌、やるなら徹底的にやってやろうと思いました

 

わたしは臨床心理士になって何がしたいかというと「人を助ける」ことではなく「人の能力を見出し、背を押す」ことがしたい

自分を助け出すのは最終的には自分しかいません。誰が何を言おうと最後に決めるのは自分

その「手助け」をすることが、臨床心理士の仕事だとわたしは思います

 

これから何をすべきか、わたしはまず通信制高校に属しながら高卒認定の勉強をし、それから通信大学を受験しようと思います。可能なら普通に通いたいですが、今のところ通信大学がいいかなと思っています

 

最短で38歳で大学卒業できますが、順調にいくわけが無いので、色々考えなければなりません

わたしが通信大学を選ぶ理由は、自宅で勉強が出来ること。これに尽きます

その間は恐らく働くことは厳しいでしょう

 

ただ元々マニュアルに沿った物事の進め方より、独自性のある物事の進め方が得意なので、ある程度のマニュアルの中で自分のやりかたを見つけ、人の潜在能力を見出せるこの仕事に就くという夢を叶えたいと思っています

 

諦めの悪過ぎるこのサガをいかし、更に自分の中にある力を信じて、挫けそうになったら人の助言も貰いながら、これからも生きて前向きに進めたらと思います

 

主治医から言われた言葉

「あなたは人の言うことに忠実に生きる人だから、きっと大丈夫」

この言葉と、今の担当臨床心理士さんの言葉は、わたしの方向性を決めてくれたようなものです

 

本当に、本当に感謝しかありません

 

頑張り過ぎず、自分のペースで頑張る

生きる

 

ありがとうの精神を大切に

 

人の出会いに感謝して

 

これからもわたしは、生きていきたいと思います

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やってしまった…

一昨日の夜、やらかしました…

 

とある人に(その人は悪気があって言ったわけじゃないんだけど)笑い飛ばされ、昔から笑われた続け馬鹿にされたことが蘇り、大パニックを起こして、規定量を超えた量の薬を飲んでしまいました

 

過去のことを蒸し返されて酷く笑われたので、大したことじゃなくても怒りと恐怖がいっぱいになり、そうするしか楽になる方法がありませんでした

 

その後友人とSkypeをしてコンビニに何か買いに行きたいと言ってそのまま意識不明になり、解離を起こして今週使うはずだった3000円を全て使い切って買い物をしてしまいました

 

何故このようなことになったのか

 

ADHD、ASDなど発達障害のかたは人の気持ちがわからないことがあります

良かれと思って言ったことが、相手には一昨日のわたしのように、大々的なフラッシュバックやパニックに繋がることもあります

 

相手のかたは気にすることじゃないよ、笑い飛ばそうという気遣いのつもりだったようですが、わたしにはフラッシュバックの原因となってしまいました

 

相手には申し訳ないけれど、わたしは笑われることがとても苦手ですし、トラウマです

 

良かれと思っても相手の気持ち、相手の特性を理解していなければ人を傷つけかねません

 

これは発達障害の場合だけではありません

地雷を踏んだらまず謝るべき。そして何故そのようなことを言ったのか理由を曖昧にせず全て説明すべきです

 

過去を振り返らないで前に進む、ということが課題だったわたしには、過去を蒸し返され笑われたことは、屈辱的でした

 

まだ動機が止まらないほどです

 

人によっては命にかかわる行為もしかねません

わたしの場合コンビニに行く時にSkypeを繋いでもらいましたが、途中から応答無し、マンションの階段で転ぶなどしたようです

一歩踏み間違えていたら大怪我です

過剰摂取したから自業自得かもしれませんが、このきっかけを作った方は何を思ってるのでしょう

 

本来はとても良い方なのに、なんだかとてもつらい思いをして、怖くなったことも事実です

 

人に相談された時、本当に言葉を選んで答えなければならない、そして、衝動性に任せて言うことは御法度だと改めて思い知らされました。勉強にもなりました

 

障害者だから許される問題ではありません

人の気持ちを考えてものを言わなければ、取り返しのつかないことになる。それを肝に銘じなければと心から思いました

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昨日のカウンセリング

昨日はカウンセリングでした

 

昨日のわたしは解離を起こしていて、途中から8歳の女の子の人格が出てきました

 

その子は涙ながらに心理士さんに向かって

「本人(わたし)を助けてあげて、お願いします」

と懇願していました

 

また

「わたしはいつか消えなきゃいけないの。人格統合して消えなきゃダメなの。そのほうが本人は楽になれる。だからわたしは代わりなの」

とも言いました

 

この子は入院中も出てきました

そして同じように

「助けてあげて」

と泣きながら懇願していました

 

よくよく考えると、その子が伝えたいことはわたしが助けてほしい!という気持ちを全て伝えたくれている、そんな存在でした

 

心理士さんは

「どんな人格でもあなたはあなただから、ちゃんとそういうふうに見てるからね」

と優しく言ってくれました

 

泣き出しそうになるわたしに、心理士さんは

「大丈夫、抑えなくていいよ。でもそれでも抑えちゃうんだよね」

と共感してくれて、本当に本当に有難い

 

約束もしっかり守りました

 

今度の約束は、入院中にもらった大切なものをごちゃごちゃな部屋から救出してくること、その写真を見せることです

 

またつらいこともあるかも知れませんが、やっと月曜日訪問看護の顔合わせなので、これでなんとかなるかなと淡い期待をしています

 

今月も生きる為に頑張りたい

頑張り過ぎず生きていきたいです