ももたんの発達障害ライフ

発達障害当事者であるももたんの声をお届けします

看護師さんの言葉

先日、とある看護師さんの話をきいた

その看護師さんはYさんといって、還暦超えたくらいの海外でも看護職に従事したことがあるベテランの看護師さんである

 

この日、Yさんは認知症のことについて触れた

以下、Yさんの言葉を綴る

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

わたし達人間は、いつか歳をとるわね

人間は生まれた瞬間から死に向かっているのよ

どんな形で死を迎えるにしても、楽しいことで頭いっぱいにして逝けるといいわね

 

認知症ってあるでしょう

あれは、わたしはね、神様からの贈り物だと思っているのよ

 

人間ね、意識もはっきりと生きてる間、沢山の苦労をするわね。つらいこと、悲しいことも沢山ある。そして沢山涙流したり、時には死にたいと思うこともあるわね

手のひら返されるように裏切られたり、喧嘩して絶交することもあるのよね

 

認知症の患者さんて見たことある?

子どものようにニコニコして無邪気なお年寄りの方いらっしゃるでしょう

そういう人たちというのは、もしかしたらそのつらいこと、悲しいこと、苦労したことなどをもう忘れてるかもしれない

勿論、それは同時に大切な人のことも忘れてしまうことに繋がるわね

 

でも、その認知症の方たちは、本当に楽しそうにしてることが多いのよね

当然、その人がどんな思いをしてらっしゃるかはわからないわよ。だってわたしはその人ではないもの。その人だけの世界があるのよね

 

そのまんま、楽しい!って思いのまま、苦しみもなく逝けたら、凄く幸せなんでしょうね

残された人たちは悲しむ人もいらっしゃるかもしれないけれど、本人はきっと幸せなのよ

わたしもそのお話を数え切れないご家族のかたにしてきたわ

 

さっきも言ったけどね、認知症の患者さんが全て忘れてしまうのは、つらかったこと悲しかったことを

「もうこの人は充分頑張ったから、楽にさせてあげましょう」

という神様からの贈り物だと思うのよ

勿論そこには今までの記憶が殆ど思い出せないというリスクもね、あるのだけれど

 

全て記憶がはっきりしたまま逝くのはなかなかつらいもんでしょうね。残す家族のこととか考えながらで心配も尽きないでしょうし、いっそ全て忘れてしまえばそれもそれで良いのかもしれない、とね。切ないけれどね

 

あなた達も認知症が良いとは言わないよ、けれど人っていつどうなるかわからないでしょ?その時はその時が来るのよ、お迎えとかもそうよね

その時に

「ああ楽しい、楽しかった人生だった」

と言える、思える人生にしなさい

つらいことの記憶が強いなら、これからの人生それに負けない楽しいことを見つけなさい

そして楽しいでいっぱいにしてごらん

人間経験よ、お勉強もそうだけど、経験なのよ。だから沢山失敗して、悲しい時は思いっきり泣きなさい。楽しい時は思いっきり笑いなさい。悔しいは人を上げるバネになるよ

 

勉強なんて出来なくていい

ただ最後に

「色々あったけど幸せだった」

と胸張って言える人生にしなさい

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

この看護師さんの言葉は、いつまでも心に残しておきたい

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「楽しいことを重ねて…」主治医の言葉

昨日、臨時で診察を受けに病院へ行った

 

ここ最近1人で過ごすのに恐怖を感じ、その恐怖を感じる度ほぼ毎日「自分を飛ばして」解離を起こす事

人に会っても別れる時の異常なほどの寂しさに耐えられず、電車の中でも泣き出しそうになったり、時には飛び込みそうにすらなる事

人と会う事に恐怖すら感じ、病院にも行かないほうが良いのではと思い始めていた事

などを、相談してきた

 

途中、過呼吸になり、涙が溢れて止まらなくなり、嗚咽するほど泣いた

 

主治医はまず、

「お薬とかそういうので対応する「対処療法」は出来るけれども、あなたはまず自分の力で対応出来る人。今までもそれで何度となくやってきた。(高認)試験も受かったし、大学に進もうとしている。非常に前向き。自分の力を出して対応出来るようになろう」

と言った

 

一度は納得したものの、やはりつらいのに変わりはないと、二度目の診察を受けた

 

その時友人が機転を効かせてくれたらしく、友人のすぐ後に呼ばれた

 

改めて恐怖感が抜けないつらさを、看護師さんに手伝ってもらいノートに書いた事を見せながら伝えた

そして、3月のコンサートすら恐怖感から行くのを戸惑うことを伝えた

 

すると主治医は

「あなたの記憶の中は何故か「つらい記憶」が残りやすい。それは生育環境から来る仕方の無い事。そこに、楽しい事を沢山して「楽しい記憶」を積み重ねて行こう」

「あなたはお友達にも恵まれている。あなたを慕って誘ってくれたりする「大切な存在」が側にいること、忘れないでね」

と、その日誘ってくれた友人の話も持ち出して言ってくれた

 

最後に

「もし本当に今の自宅での生活が限界を迎えたと感じたら言って頂戴。入院の手配をするからね」

と、入院も視野に入れている事を重ねて伝えてくれた

 

楽しい記憶がなかなか無いのは、自分自身に「楽しいという感覚」が無い、もしくはわからないことからあるんだという事は分かっていた。そこにどんどん「楽しい記憶」として、生きていく過程で「あっ、今凄く楽しい」と思った瞬間を沢山作り、積み重ねていく事を繰り返す事で意識の持ち方を変えていく…そういう事なのだろう

 

少しずつだが、前に進めているのかも知れない。まだ実感はあまり無いが、周囲からも「変わる時」なのだと言われている通りなのかも知れない

 

恐怖に勝つことはまだ出来ていないけれど、それに勝るとも劣らないほど「楽しい」と思えた瞬間を、覚えていたいと思う

 

写真は昨日友人と食べた食事。サイゼリヤは安くて美味しい!

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泣いて暴れて40分

先日、カウンセリングで初めて泣き暴れた

話した内容については個人情報も含まれるので、ひとつ「自分の受けた性被害について」とだけにしておく

 

カウンセリングでフラッシュバックを起こしたのがまずひとつめのきっかけだった

 

泣き喚いて、机を殴って、ノートを机から投げ捨てた

 

心理士さんはひとつひとつのぼくの行動をじっと見て、机を殴っているぼくの手をスッと取って一言

「痛いよ」

と言った

ぼくが

「痛くない!」

と咄嗟に言うと

「わたしが、痛いよ」

と、涙を浮かべた目をして優しく諭すように言った

 

痛くなかったはずだった。ぼくの「あの時」の心に比べたら、全く痛くないはずだった

 

そのまま机に突っ伏し、身体を震わせて声を上げて泣いた

やはり、子どもの頃に適切な教育を受けきれていなかったが故に、31歳にしてたったこれだけの性についての話で大混乱を引き起こす

いや、たったこれだけ、と記したが、自分は間接的に性被害を受けていたのだと改めて知ったのと、それを受けてからの自分の行動は、心理士さん曰く

「全くおかしい事ではない、寧ろ健康的な30代の女性として、普通の反応であり、行動であること」

を伝えられてからの混乱…自分は汚い生き物だと思い込んで、羞恥心の中で様々な人々の言葉に様々な思いをしてきて、それでもなお守り続けている自分の身体に奇跡さえ感じていた

 

「誰でもあること、当然のこと」

 

これが自分の中で納得がいかなかったのだろう

 

「こんなの汚い!!!」

と叫んでノートを机から投げ捨てたが、それも心理士さんは拾い上げて、そっと机に置き

「つらかったね」

と声をかけてくれた

 

心理士さんがこの日1番感じたこと、として仰った言葉がある

 

「わたしは、今日、女性として、女性の心理士、カウンセラーとして、この話があなたと出来たことが、本当に良かった。今回、この話はあなたにとって衝撃だったかもしれない、けれど、生きていく上では当然の欲求や、行動。それを如何にしてコントロールするか、それに場所や状況を選んでいかなければならない」

 

そして、主治医からもこのような言葉をいただいた

 

「自分は健康な成人女性であり、性的に活発な欲望をもっている」

「悪意のある交流はさける。欲望のコントロールが大事」

 

やはり、人に対する興味、意識に凄く複雑な思いやコンプレックスを抱えていたようだ

また主治医は

「これは小学5年生で学校で普通に習うことよ、あなたはそれを知らずに大人になってしまったから、きっと新しいことばかりで混乱してるの」

と言う

 

未だに守り抜き続けている自分の身体については、主治医も心理士さんも

「大切にしなさい、の一言に尽きる」

そうだ

 

この日心理士さんは何度も何度も目頭の涙を拭っていた。そして、こんな事も言った

「今日やっと色々出せたよね。怒り、悲しみ、叫び…本当に頑張ったね、疲れたね」

と。

 

なるほど言われてみれば自分に対しての感情とはいえ、ここまでの感情の爆発はカウンセリングでは無かったと思う

心理士さんに叫びをきいてもらって、さらに痛みも感じてくださった。こんな有り難いことがあるだろうか

 

本当にこの先生と、この心理士さんと出会えて良かった、と思う

 

そしてもうひとつ、有り難い言葉もいただいた

 

「あなたは将来、人の痛みに寄り添える、本当に素敵なCPになれると、現場で働く心理士として、わたしは思う」

 

自信はまだ無い、皆無に近い

それでもこういう言葉は少なからず自分の心に響いたはず

ゆっくり自分のペースで、人から多数の事を学び考えられる人で常に在りたいと思う

 

最後に先に書いた主治医の言葉を貼っておく

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この1年を振り返って〜いがぐりを投げつけたあの日から〜

今年1年を振り返って…

 

今年は退院後年明けの1月6日に臨床心理士のK先生の初カウンセリングを受けたのが1年の始まりでした

 

K先生にぼくは冷たい乱暴な言葉をたくさんたくさん投げつけた

まるで「いがぐり」を投げつけるように…

 

「患者として見ないで!1人の人間として見て!」

「そんな畏まった態度なんていらない!そんな態度は嫌!」

「こっちも先生のことは心理士さんとしては見ない、1人の人間として接するから」

 

なんて酷い言葉も含めて「いがぐり」を投げつけた

 

K先生はその「いがぐり」を素手でというより、全身そのまま受け止めたようにぼくを見つめて、ひと呼吸おいて

 

「わかった」

 

と、表情ひとつ変えずたった一言で全てを受け入れてくださった

 

その時のぼくの素直な気持ちはこれでした

 

「こいつおもしれぇな…」

 

凄い言葉だけど、本当この言葉そのままの気持ちだった

 

それから入院した時を除いて毎週、ぼくはK先生の元へ行き、ケタケタ笑ったり、時にはK先生と一緒に涙を流したりしてカウンセリングを受けた

 

K先生は次々と投げつけられるぼくの「いがぐり」を素手で受け止めて、殻を剥いて茹でて柔らかくして、それを主治医のN先生やPSWのMさんに託して、N先生やMさんはその柔らかくなった「茹でぐり」を更に「調味料」や「他の材料」で「調理」して、先生がたの考えや言葉として「調理された甘い栗きんとん」にしてぼくに返してくださるのです

 

その「栗きんとん」を食べ続けてぼくはここまで歩んで来れた気がします

 

「栗きんとん」の「あん」の部分は、ぼくが今年出会ってきた人や、経験した物事だと思っています

 

「栗きんとん」は「くり」だけでは作れません。「さつまいも」や「調味料」が無ければ形にすらなりません

つまり、人は何も無しでは生きられない、差し伸べられた手を掴んで始めて、あたたかさを頂いたり、厳しくも優しい言葉、笑顔、時には涙も流しながら、より一層「美味しく」「熟して」いくのではないでしょうか

 

そして、「いがぐり」の「とげ」の部分をも先生がたやスタッフのかたはちゃんと大切にどこかにとっておいてあるのです

時々その「どこか」を見て自分の「痛み」を再認識しながら、その「とげ」という名の寂しさ、孤独感、悲しみ、苦しみなどのマイナス感情をも抱えて生きていけるように、毎回ちゃんと「栗きんとん」の味を覚えさせてくださってる気がします

 

来年はぼくはどんな形でどんな「いがぐり」を投げつけるのでしょうか。K先生もN先生もMさんも、みんなその「いがぐり」をしっかり受け止めてくださり、来年はどんな味の「栗きんとん」として返してくださるのか…

 

ただ来年は、自分からも「栗きんとん」を差し出せるようになりたいと思うのです

最近はK先生やN先生からも「いがぐり」を投げつけてくださるようになったり、K先生に関してはもう「いがぐりの投げつけ合い」になっているので、K先生にどんな味の、どんな甘さの「栗きんとん」を差し出せるか…。

 

K先生は

「お互い成長してきたよね。あなたのおかげでわたしもここまで来たんだよ。お互い1人じゃここまで来れなかったよね」

とこの間感慨深そうに少し潤んだような瞳をして言ってくださった。本当にぼくもそう思う

お互いたくさん笑って涙も流して、ぼくは時には声を出して嗚咽するほど泣いたりもした

 

N先生の前でもぼくはたくさん涙を流したし、ワーッと叫びそうになったり、時に胸に響く言葉をいただいたり。。

 

N先生にいただいた言葉でこんな言葉がある

 

「Here and Now  今 ここ だけ」

 

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はっきりした意味はよく分かってないのですが、複数の意味を持つというこの言葉の意味が本当にわかった時、きっと新たな世界が見えてくるのかなと思いました

 

そんな中今年12月8日、ひとつの知らせが。。

 

高等学校卒業程度認定試験 全科目合格」

 

やっと少しずつ明るみに出てきたのでしょうか、努力したことが実ったのでしょうか…まだまだ素直になれないぼくです

 

更に、ハンドメイドのとあるコンテストで「特別賞」の受賞のお知らせを12月25日、奇しくもクリスマスにいただきました

実感は湧きませんが、ハンドメイド活動の集大成として迎える来年度を前に、このような良い事が続くのは奇跡なのでしょうか…様々な想いが頭を駆け巡ります

 

日付変わってこの投稿を書いている今日、年内最後のカウンセリング、診察を受けます

また来年に続くように、続けられるように、そんなカウンセリング、診察になればと思います

 

今年も色んな出会いと別れがありました。中には永遠の別れを告げた友人もいました。その別れの悲しみをK先生と2人で泣きながら分かち合ったこともありました

 

来年はどんな年になるんだろう

どんなことが出来るんだろう

どう成長していくんだろう

 

出会えたことにとにかく感謝

みんな、ありがとう

 

来年も精進していきたいと思います

「ぼく」へ〜自分への手紙〜

久しぶりの投稿です

今日、病院のデイケア(リワークプログラム)で自分への手紙を書こう!というものがありました。そこに書いた自分への手紙を原文そのまま載せます

 

注: 一人称が「ぼく」になっているのは、ぼくは解離性障害の途中ですが、その経過で自分を「ぼく」と呼んだほうがしっくり来る為そうなったとご理解ください。人格は自分のままで、心理士さん曰く人格統合の最中だそうです

 

〜自分への手紙〜

「ぼく」へ

やあ、いつも君の中にいる「ぼく」だよ

今日は自分の「がんばったことベスト5」よく書けたね。しかも全部良い内容だね。

ぼくはいつも君を見てると、本当によくがんばってると思うんだ。高卒認定もあれだけ泣きながらべん強してよくできたと思うよ。

31年生きて初めて目標を持てたって心理士さんに言ったら、涙を流して喜んでくれたよね。それだけすごいこと、今までできなかったことをなしとげたんだよ。

もちろんそれにはまだ向かわなければならない道もあるけど、まずは目標を持つことができた、それはすごいことなんだよ、もっと自分をほめてあげて?だって31年間も生きてて「初めて」なんだから。すごいことなんだよそれは。

それから人格たちの気持ちに少しずつよりそえてるし、べん強もできてるよ、君は満足できてないと言うけれど、ぼくから見たらすっごいよ!

 

あとは何よりも「生きてる」こと、これは本当は1位でも良いくらいすごいこと。

つらいこといっぱいあったね、死のうとさえした日もあった、それをのりこえてきたそんな自分を沢山沢山抱きしめてあげて?君の心は今それを求めてるはず。

さみしい思いも沢山してきたね、悲しくて何度も大声で泣いたね、それでも生きてきたんだよ、ここまで。がんばったね、本当にがんばったよ!

もう今は少し自分をゆるしてあげようね、自分のこと認めてあげようね!

大丈夫、31年ここまで生きてきたんだよ、君なら夢も叶えられるよ

これからもいっぱい泣いて生き続けようね、そしてできるなら、涙よりも笑顔が増えていくといいな。

君には味方がいっぱいいるはずだよ。今までは敵が沢山いると思ってたけど、今はちがうよね?

まわり見てごらん?先生や仲間がいるよ!君は今、もう1人じゃないんだよ!

みんなと一緒にゆっくりゆっくり、一歩一歩進んでいこうね!

 

いつも ありがとう   生きててくれて ありがとう

2017.10.17

 

最後まで読んでくださってありがとうございます。自分のことを肯定して書くことがなかなか難しい中、自分なりに何とか書いてみました

 

最後の「生きててくれてありがとう」の言葉を書いた時、涙がこみ上げてきて溢れそうになりましたが、人前だったので我慢してしまいました。ぼくの中でこんな想いがちゃんとあったんだと、改めて思えました

 

とても良い機会をぼくに与えてくださったリワークの先生がたに感謝です

 

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この人なら大丈夫と思ったきっかけ

わたしが今の心理士さんと初めて会った時、色んなことを試した

 

わざと乱暴な口調で話したり、適当なことを言ったり、ぶっきらぼうな態度をとったり

 

この人は本当にわたしなんかを担当して大丈夫なのか、散々な態度をとった

 

それでも心理士さんはわたしを否定しなかった
寧ろ、大らかな広い心で受け入れてくれた

 

そして、わたしを悲しそうでもなく「興味深そうな瞳で」見つめた

 

その真っ直ぐな「何か奥深いものを見つめる興味深そうな瞳」を見た時、わたしは初めて「この人なら安全だ、わたしに合うんだ」と悟り、彼女を「認めた」のだ

 

初めて会った時からそうだった
茶目っ気のある喋り口調でありながら、人の心の奥の奥まで見つめる瞳をしてる

 

わたしが彼女を「認めた」決め手は、その瞳だった

 

「この人、最高に面白い瞳の光を持っているな」

 

今までに見たことの無い瞳を見たワクワク感
この人になら、他の人には話せないこと、表せない感情、全て出せる…!

 

それから僅か1ヶ月半後、わたし自身がまさか彼女と同じ臨床心理士を目指すとは思ってはいなかった


けれど、何かデカイ決意をするんだろうなという感覚は少なからずあった

 

今、彼女のカウンセリングを受けて、悩みつつも本当に充実した日々を過ごしている

 

彼女に会ったタイミングもまた良かったのかもしれない
何より彼女をわたしの担当に指名した主治医は、本当に凄いなと思う

 

また彼女はとても感性が豊かで、カウンセリング中わたしの声、表情、感情など細部にまで本当に神経を研ぎ澄ませて全身で感じながら接してくれる

 

お互いを尊重し、理解し、ぶつけ合いながらのカウンセリングは、わたしがずっとずっと待ち望んでいたものだった

 

彼女と同じにはなれないけれど、そんな人にわたしはなりたいと、心から思う

帰るべき場所がきっとある〜わたしのファーストクラス〜

わたしには帰るべき場所があるのだと、最近思うようになりました

 

具体的に想像ができます

 

そこは森を越えたとある草原

そこにはひとつの小さな木の小屋があります

わたしはそこへ、疲れ果てた状態で足を引きずって辿り着きます

 

木の扉を開けると、そこにはわたしを助けてくれたり、見つけてくれた人たちがたくさんたくさん集まっていて、わたしを見て

 

「おかえり」

「待ってたよ」

 

と笑顔で声をかけてくれます

 

わたしが呆然としながら中を見渡すと、人々はそれぞれ会話を楽しみ、料理に舌鼓をうち、本当に幸せそうにしています

 

そこにはわたしを助けてくれたり見つけてくれた人たちがたくさんたくさんいます

 

部屋の中は暖かくて、テーブルには誰が作ったのか手料理まで並んでいる

 

わたしが例えボーッと座っているだけでも満たされるような、そんな空間

 

憧れてた温かい空間

 

帰るべき家がこんなところにあったんだと

 

わたしはこれを想像すると、いつでも涙が勝手に溢れてきて、止まらなくなります

 

求めてた、けれど、届かった

憧れてた、けれど、手に入らなかった

 

そんな想いが涙になってどんどん溢れて止まらなくなるのです

 

きっと想像と全く同じ空間は手に入らない、けれど、想像してると切なく悲しいながらも、どこかにあると信じれば温かい気持ちにいつかなれるのかなと、僅かな希望を抱ける…

 

今はただひたすら切なく悲しい気持ちになります

けれど、この想像があって、きっと何処かにこの空間があるんだろうと思うことで、少しずつ希望を持てるようになれたら…

 

わたしはファーストクラスなどを利用できる立場の人間ではありません

夢のまた夢、大いなる贅沢です

 

けれど、その想像の空間が本当にあるのなら、わたしは例え疲れ果てて足を引きずってでも辿り着きたい、そして、其処こそがわたしにとってのファーストクラスの空間なのだと、思うのです

 

今も書いていて涙が溢れてきます

 

届かない、憧れてた、決して叶わない夢のような空間…

 

ありふれた日常の中で、その夢をずっとずっと見続けて、わたしは死んだら天国じゃなくて、其処に行くんだと、今もこれからもずっとそう思い続けるのでしょう

 

切なさで胸が張り裂けそうですが、この死後の世界へ僅かな希望があるからこそ、今を必死で生き抜こうと思えるのだ

 

そう言い聞かせて、明日も生きていこうと思います