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ももたんの発達障害ライフ

発達障害当事者であるももたんの声をお届けします

何を求めていたのか…

AC 広汎性発達障害 心理 発達障害 解離性障害

最近、心理療法に凄く興味が湧いていたのですが、わたしが心理士さんとずっとやりたかったことがいくつかありました

 

箱庭療法、バウムテストの他に、心理士さんと「絵を描きたい」という気持ちがふと浮かんだのは、ここ2、3日のこと

 

絵を描くっていっても、油絵の具とか使う本格的なのじゃなくて、鉛筆とかでいい、ただただ絵を描きたい、という気持ちでした

 

そして、さっきもまた明日のカウンセリングや診察に向けて気持ちを纏めていた時、その気持ちが浮かんできたので、書こうとして突然涙がこみ上げてきました

 

何故なのか

 

わたしは子どもの頃、子どもらしい子ども時代を過ごしていません

常に大人に囲まれて大人に合わせて会話をしていました。そうすることで認められてる気分になっていました

 

30歳にもなって癇癪を起こすなど「赤ちゃん返り」をするようになって、何をわたしは求めていたのか

その答えがやっと出ました

 

「子ども時代を本当に心の底からやり直したかった」のだと

 

こうして書いている間も子どもの人格たちが癇癪を起こして、自分を叩いたり暴言を吐いたりする時間が続きます

 

とにかく振り返りたく無い過去を思い出す度に子どもの人格は暴れます

最近はブログを書く度に頓服を飲まないと書けなくなりました

このブログもいつまで書き続けられるかわからない状態です

 

カウンセリングでは必ずと言っていいほど本来の自分を失います

意識や記憶はハッキリしてますが、人格が出るのです

恐らく心理士さんも気付いてると思います

 

ブログを書いてるのはわたし自身、けど、その間に足を叩いたり暴言を吐いたりするのはわたし自身の中にある人格たち

 

明日のカウンセリングでもそのことを伝えられるかもわかりません

 

そもそもこのブログの今書いてる文章もこのようなことを書く予定では無かったのですが、だんだん支離滅裂になってきたのは、人格が、邪魔をしているからです

 

両手の掌が腫れ上がるまで足を叩いてまで、わたしはブログを書くべきでは無いのかもしれません

 

人格たちはことごとくわたしの邪魔をしてきます

 

自分を人格たちごと消し去りたいとさえ思います

 

そろそろ無理矢理にでも人格統合をしてしまいたいものです

 

自分でも何を書いてるのかわからなくなってきたので、この辺にします

 

写真は入院中に組んだブレスレット(肘側)と退院してから組んだブレスレット(手首側)

若干石が濁ってきています…

 

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入退院して起こった変化

広汎性発達障害 発達障害 解離性障害 適応障害 自閉症 自閉症スペクトラム アスペルガー症候群

今回入退院して起こったことを纏めてみようと思います

 

今月2日から任意入院で、都内の病院に28日までおよそ4週間入院しました

環境の変化に順応出来ないわたしは、看護師とも話せず、ただポケットに手を突っ込んで忙しそうに動き回る同年代の看護師や介護士の姿をじっと見ているだけ

何かして欲しくても、話をきいて欲しくても、何も言えずに黙っていました

そんな状況の裏側には「こんなことで呼んで迷惑ではないだろうか」「迷惑をかけたらいけない」という思いが交錯しており、結局最後まで言えなかった気持ちもありました

 

本当は凄く寂しくて、ナースステーションの前にいる時は大抵いっぱいいっぱいで、誰か!と心の中で叫んでいましたが、声に出さないし言葉に表現出来なかったので、当然伝わるわけもなく、虚しく時だけが過ぎていきました

 

看護師に心を少しだけ開くようになったきっかけは、担当看護師のNさんでした。いつも元気でハキハキしてて、最初に見た時から「ああ良い人だなぁ、わたしもあんなに元気になれたら」と思っていた人がまさかの担当看護師と告げられたのは、Nさんが夜勤の時にわたしの部屋に来た時でした。既に入院して10日近くたっていました

 

その後、Nさんがきっかけで色んなスタッフと少しずつ話せるようになりましたが、最後まで「寂しいんだ、怖いんだ」という気持ちだけ、言うことも無く退院してしまいました

 

退院して待っていたのは「何もわからない」というパニック状態でした

 

食事、着替え、片付けなど、全て、自分が今まで何をどうやって暮らしてきたのか全くわからなくなり、大号泣しながら相談支援員、病院と電話をし、自分は一体どうすればいいのかをきくという事態に

 

まるで自分が初めての場所に連れ込まれて1人隔離されているような感覚でした

 

恐怖からもしかして自分は飛び降りてしまうんじゃないか、とか思い始めた為、翌日泣き腫らした顔でクリニックへ

そこでわたしは「支援態勢整うまで危険な場合再入院も考えたほうが良い」と告げられました

 

それもそのはず、訪問看護が入るのはまず1月2週目に顔合わせ、そして手続き、それからなので、早くとも1月下旬になるとのことなのです

 

わたしは考えに考え、とりあえず様子を見るという結論に達し、年明けに調子が崩れるようであれば再入院を検討することにしました

 

発達障害者にとって、環境の変化は本当に恐ろしいもので、わたしは約4週間全て管理をされている場所から、誰もいないたった1人の家に戻ったということは、見守りのあったアットホームな場所から、無人の離島に流されたような感覚でしか無かったのです

その自宅という無人の離島で今まで生活してきたのを取り戻す為に、一度外泊もすればよかったのですが、それをする余裕や時間が無かった為、叶いませんでした

 

わたしが入院中ずっと抱いてた「こわい」という感情は、このことだったのかとやっと思い知った感じです

ちゃんと支援態勢が整ってない、環境も整ってない状態で戻ってもダメだったのです

 

とりあえずまだ恐怖感やパニックがおさまらない為、1人で居たくないという気持ちはありますが、何とか生きる為に薬をきちんと飲んで、食事もとって、最低限のことはして年明けまでを過ごそうと思います

 

恐らくですが、再入院は免れない状態です…

医療保護入院だけにはならないように、気をつけていこうと思います

入院してました

広汎性発達障害 発達障害 解離性障害 適応障害

お久しぶりです

 

入院してました

 

とりあえず入院直後と今現在の退院直後の自分の状態を見て、自分は如何に環境変化に弱いのか、よくわかりました

 

入院中は全室個室の病棟(!)だったので、自由にハンドメイドをしたり、出掛けたり、比較的フリーだったような気がします

 

担当看護師さんが本当に優しくて、面白くて、いつも元気付けてくれて、落ち込んでる自分の癒しでした

 

今回入院して得た課題は

「目先の目標を立てること」

です

 

将来的な目標は立てられても、今日明日、1ヶ月後などといったすぐ先の目標が立てられないのが一番の問題でした

 

それが入院中出来なかったがために、退院直後、何をどうすれば良いのかわからなくなり、大パニックを起こしました

 

食事、服薬、着替えなど、入院前に何をどうして暮らしていたのか、全てがわからなくなったのです

 

途轍もない恐怖感は、退院3日目の今もまだ抜けません

 

昨日結局年内最後のクリニックに行き、支援態勢整うまでは、年明けからの再入院も視野に入れるようにと言われました

 

最初は「また入院しなければならないのか」という申し訳なさがありましたが、本来もっと入院しなければならなかったのを、1ヶ月で退院したのも今回の不調の原因なのかもしれないと納得はしました

年明けの診察で主治医と相談し、今後どうするのか?を決めなければなりません

 

ただ、例え再入院したとしても短期間(支援態勢が整うまで)しか入院しないので、何とかなるかな、とは思っています

 

そろそろハンドメイドのブログも再開したいし、グダグダ言ってる場合じゃないけれど、自分にとっての最善を見つけなければなりません

 

焦っても良いことなんて無いから

 

とりあえず、お昼ご飯、何食べようかな?

 

写真はクリスマス会をサボったわたしに、看護師さんが「あなたのぶんだよ」って渡してくれたプレゼントの入浴剤です

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わたしの解離性障害

PTSD 解離性障害

わたしは親と支援者からの虐待によるPTSDから、解離性障害を発症し、先日正式に診断がおりました。

 

わたしの場合は「解離(転換)性障害」といい、転換は気分転換の転換で、癲癇ではなく別物です。

 

わたしがどのような症状があるかを書きたいと思います。

 

一般的に「解離性障害」というと「多重人格」を想像されるかたは多いですが、多重人格は所謂「解離性同一性障害」と呼ばれ、「解離性障害」より重い状態とされます。

 

わたしの「解離(転換)性障害」は「思考の転換」があります。

自我もあり、意識があるのですが、口調や話し方、声色が変わります。意識は自分ですので、人格が変わるわけではありません。

 

思考が変わるとどうなるかというと、まず一人称が変わります。普段は「わたし」「わし」とよく言いますが、それが「僕」「俺」「あたし」になることもあります。

 

思考たちが会話をするように、代わる代わる出てきてしまうこともあります。

今把握してるだけで3〜40くらいの思考人格(とわたしは呼んでいます)が存在していますが、幼児思考が出ない限り、殆ど行動には表れないのが特徴的です。普段の行動をしながら一人称が変わったり1人で会話を成り立たせたりしています。

 

また思考人格たちはこのようにブログで書かれることをとても嫌います。勿論書いている今もわたしが操られるように癇癪を起こしたり奇声を上げたり、足をバタつかせて頭を振り乱して暴れたりしています。足を引っ叩いたりもします。また、その不快感から暴言を吐いてしまいますが、人に対してではなく、自分に向けてになります。暴れる時も自我があり、理性が働いているので物を壊したりすることはありませんし、自分が怪我をすることもありません。勿論他人を傷つけるつもりも毛頭無いです。

 

そして、これらの症状はわたしの場合は人前では殆ど出ません。

 

暴言を言う自分も意識があるので、なんでこんなこと言うんだろう?おかしい!と葛藤しながらそれでも吐かなければいずれ自傷行為にも及ばざるを得ないので、吐き出さなければなりません。近所迷惑にならない程度に布団に物を叩きつけたり、奇声も大声まではいかなかったり、かなり理性を働かせているのが自分でもわかります。

 

解離性障害の自分への対応に困る方もいるかと思うので、わたしへの対応その他諸々を書きますね。

 

まず、人が変わったようになった時は「おかしいよ」「今解離だよね?」などと言ってはいけません。思考人格はそれにより気付かれてしまったことで更に思考人格を増やします。つまり、悪化します。事実今までもそのようなことは多々ありました。しかし増えることに最近まで気付かず、今まで指摘してくださった方に気付いた今、改めて言わなければと思い、書いています。あと「人格否定」をすれば、当然悪化します。絶対に思考の変化や人格の変化を否定したりしてはいけません。

 

また、思考人格や人格がわたしではない別の名前を名乗ることがありますが、名乗ったら「今は〇〇さん(くん)なのね」ではなく、ダイレクトに「〇〇さん(くん)」と呼んでください。そして、その思考人格や人格に合わせて話しかけることが大切です。彼らは満足すれば去っていき、元のわたしに戻ります。

 

いくつかわたしの名前のある思考人格を紹介しましょう。

 

「名無しくん」23歳、男の子。一人称「おれ」

「こころ」4歳、女の子。一人称「あたし」

「ひらがなちゃん」年齢不詳、女の子。一人称「あたし」

 

主に出てくる名前のついた思考人格はこの3人。「こころ」は殆ど出てきません。大抵は「名無しくん」が一人称「おれ」で出てくるか、オール平仮名で子どものような口調でツイートしてたら「ひらがなちゃん」だと思います。

 

他にも男の子だと5.17.18.22.24.25.26歳くらいの思考人格、女の子は更に多くて0.2.4.5.6.7.9.10.11.12.15.18.21.27.30歳の思考人格か今まで出てきていて、そこに先ほど上げた名無しくん、こころ、ひらがなちゃんが、加わります。厄介なのは4歳の思考人格が3人いること。こころを含めて4人います。

これは把握してるだけなので、まだまだ思考人格は出てくると思います。

 

ただ、これらの思考人格が出ていても、意識は今のわたしで、ただ操られてる感覚です。

 

解離性同一性障害の場合は人格も変わるのですが、解離転換性障害との違いは、覚えていないことです。解離性同一性障害のかたが人格が変わるとその間のことは全く覚えていません。

人だけでなく、動物になるケースも出てきています。それを病院に報告する際に動画を見せるという手段がありますが、なるべく本人を外して本人のいない場所で主治医に見せるのが妥当だと思います。本人は覚えてないですし、恥ずかしいですし、核心を突かれて更に症状が悪化することがあるからです。

 

いずれにしろ、解離性障害、解離転換性障害解離性同一性障害のかたが別人のように話してても、否定したり指摘することは絶対にいけないこと。これは是非当事者のご家族や、ご友人、その他周りのかたに理解していただきたく思います。

 

本来ならもう少し詳しく書くべきなのですが、何せ癇癪、暴言が酷く、頓服を飲みましたが効かないという状態に陥った為、この辺りにします。

 

本当は文章ではなく、音声のほうがやりやすいです。何故かと言うと、文字化することが難しいからです。

 

わたしの解離についてききたいかたは、今後はもうスマホからは文章には出来ません。たったこれだけの文章で癇癪、暴言、身体を引っ叩く、身体の痛み、痒み、奇声が物凄いからです。凄く凄く疲れました。

 

なので、今後は個別Skypeなどの通話ツールを考えております。ID知りたいかたはDMをください。

 

本当に疲れたので、暫くブログは難しいかも知れません。

 

ただ、これが、「解離性障害」なんだということを知っていただければと思います。ご理解とご了承願います。

 

では、またの更新を楽しみにしていてくださいませ。

 

※次の公開更新は、11月半ばを予定してます。それ以前のブログはTwitterでは公開しません。見たいかたはDMいただければURLを送ります。よろしくお願い致します。

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みんなに生きてて欲しくて、思考を詩にしてみました

心の中

思考がまるで詩人になっていたので、書いてみました。

 

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綺麗事だと思われても構わない

僕は君に生きて欲しい 僕も生きていくから

道は別々でいい そんなの当然2人は別人だから

 

僕は何を見せよう 君は何処に行こう?

僕は何をきかせよう 君は何を話そう?

 

泣きたくても泣けない君に

泣くことなど強要しないさ

そんな時は声を出そう 

出せないなら身をよじって全身で叫ぼう

 

僕は何をさし出そう 君はどれを掴む?

僕は何を作ろう 君は何を欲しがる?

 

唇が切れて血が滲んでいても なお

歯を食いしばり続ける君は

それ程毎日緊張の中で戦い生きているんだね

気が済むまで力尽きるまでそれでもいいよ

 

僕は何を歌おう 君は何処を見つめる?

僕は何を提示しよう 君は何を見出す?

 

身動き1ミリ出来ないほどのせめぎ合いに

例え君が負けたとしよう

だからって誰も否定しない 責めもしない

そんなことする奴いたら目を背けよう

 

僕はどんな顔をしよう 君は何て笑うかな?

僕はどんな声出そう 君は何を好むかな?

 

壊れてしまったらそれでもいい

壊れるなりに壊れてしまおう

崩れたものはそのままにはしないよ

瓦礫をすくうように誰かが心すくうから

 

僕は涙を流そう 君は驚くのかな?

僕は小さく叫ぼう 君も声を出すかな?

 

けたたましく鳴るサイレンのように

君が例え突然叫び出し泣き出したとしても

それは君の姿であり心の叫び声でもあるから

そうなることを恐れないで

出せる時に出せるだけ出してしまおう

全てを受け入れることは難しくても

此処には僕もいるだろう 逃げやしない

叫び狂う君の横で僕は 傍観者のように寄り添い

黙って君の気の済むまで 叫ばせてあげるから

声が出なくても身体が動かなくても

例え意識が無かったとしても

君の姿そのものが 君そのものだから

 

偽りなんて捨ててしまえ

我儘本音全て吐き出して

誰が否定する?君はたたかっているのに

嘘で塗り固めていても いずれひび割れて

吹き出るものは君の声無き声

街中で泣こうが叫ぼうが それはたたかった証

 

一頻り大暴れしたら

さあ 布団に潜って眠ろうか

包み込まれて 抱きしめられて

静かな癒しの闇に吸い込まれたら

 

僕は涙を流そう 君は笑ってくれるかな?

僕は涙を流そう 君は照れ臭そうに

 

僕は明日を見せよう 君は昨日を笑おう

僕は今日を笑おう 君も今日を笑おう

 

明日見えなくてもいい 今日を生きればいいさ

未来わからなくてもいい 今を大事にしよう

 

僕も君も道は別で それは2人他人だからで

他の人もそれぞれに 進んで行けるのなら

 

僕の言葉を笑ってね 僕の言葉に呆れてね

またかと言って放置して いつでも戻っておいで

 

君が君でいられるなら 僕は僕でい続けよう

綺麗事と思われてもいい 爆笑されてもいい

何処かで離れたとしても 君が元気ならいい

 

風が吹いてきたみたいだね

そろそろ布団で冬籠りの準備しよう

 

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書き足りないくらいですが、書いてみました(笑)

綺麗事と笑っていいです

けれど、本音であり、嘘偽りはありません

 

当事者に関する愚痴をどこで言うか

発達障害 家族

突然こんなことをタイトルにしてますが、これは最近問題になりつつあるなぁとわたしは思います。

 

発達障害精神障害知的障害など様々な障害の当事者のご家族が、当事者の前で当事者であるご家族の愚痴を言ってしまう。

 

これが最近当事者に色々な影響を及ぼしてるように見えます。

 

まずはネット。

 

勿論、ネットなどでしか愚痴が言えない、本人の前では言えないからネットで言う。それはわかります。当事者もそうしてますし、障害とか関係なく、会社の愚痴、ママ友の愚痴を言う方もいらっしゃるから。

 

けど、それがその該当する人物の目に入ったら…?

 

例えば障害を持つお子さんがスマホを持つ年代としましょう。親御さんがTwitterをしていたとします。仮に、お子さんもTwitterを親御さんの知らないところでしていたとしましょう。アカウント、匿名だからバレない!バレてもみんな同じようなこと言ってるから大丈夫!なんて思ってるかた多いと思いますが…これ、場合によっては特定出来てしまいます。

 

その原因のひとつとわたしが提示するのは登録時のアドレスと、その後登録できる電話番号。まず、お子さんのスマホのアドレス帳に親御さんのアドレス及び番号は少なかれどちらかは入っています。その場合「検索」が出来てしまいます。勿論設定で検索不可能にすることは可能です。ただ、安易にはいきません。親御さんのお友達やお知り合いのアドレス、電話番号が入っていれば、そのかたがTwitterをしていればそこから検索するかたもいます。

 

要は、面倒だけどTwitterでお子さんに知られず愚痴を言いたければ、アドレスはお子さんの知らないものを使う、番号設定はしなくても良いのでしない、更に言ってしまえば鍵垢にする。

これでお子さんは親御さんのツイートをみることは出来ないでしょう。

 

まさかうちの子はそこまでしないよ!って言うかた。

発達障害など障害のあるお子さんに限らず、親御さんが頻繁にネットをしていれば何かしら気になります。子どもは親の変化に過敏ですから。だから、中学生や高校生ともなればそこまでするかたも出てきます。

実際、わたしもTwitterを始める時はアドレス検索をかけ、自分の家族がTwitterをしているか確認してからアカウントを始動させました。勿論番号登録はしていません。アドレスも自分しか使ってないものを使用しています。

 

え、ここまでしないと楽しめないの?というかたもいると思いますが、ここまでするんです。しなければ例えば会社の上司が知ってるアドレスであれば、上司の愚痴を匿名で言っても、社員の愚痴であることがバレます。リアルの友達を冗談で小馬鹿にした場合、リア友が検索をすればバレます。だから、皆さん大抵はアカウントは非公開(鍵垢)にしたり、自分しか知らないアドレスで登録し、検索不可能にするなどしているのです。

 

ネットは世界に広がっていますが、世間は狭いです。家族はもっと狭いです。それを自覚してリスクを覚悟でやるのがネットです。

 

でも、愚痴は言いたいですよね?

その為に非公開設定があるのです。非公開設定、いわゆる鍵垢を、大いに利用していけば、愚痴のひとつやふたつでも存分に呟けるのではないでしょうか。

 

ちなみにわたしも非公開設定のアカウントはありますし、表垢で言えないことはそこで呟いています。ネットは自由だけれど、家族関係がそれで破綻することは、どのご家族でも防ぎたいものですね。

 

 

続いては家族会などです。

多くの作業所、施設などには、当事者のご家族が悩みを共有する「家族会」なるものが存在します。

しかし、わたしが幾つかの作業所や施設の家族会の実態をきいたり調べたところ、まるで愚痴の言い合いの会になっているところが多々あることがわかりました。

 

(これはわたしが個人で調べたもので、統計が出されてるわけではありません。1人にきいたら芋づる式にわたしもうちもと出てきたので、TwitterFacebook、さらには実体験とネットサイト、ニュースなどを細かく見て時間をかけて当事者の声を調べました。あくまで当事者の声とその状況を見た職員、一部のご家族、ボランティア体験をしたかたの声などです。当事者の場合過大妄想になり兼ねないので、そこは考慮しているつもりです。それをご了承の上で、この後の文章をご覧ください)

 

まずは実体験から。

わたしの通っていた作業所にも家族会はありました。コンセプトは当事者の家族が定期的に作業所に集まり、そこで家族同士で悩みを共有するものでした。

 

しかし、実際きこえてきた会話は、当事者の愚痴なら未だしも、夫や妻、更にはそこに参加していなかった別の当事者のご家族のことまでに及び、お茶出しなどの接待をしていたわたしや他の利用者さんは

「愚痴さえ言えればいいの?もっと有益な話すればいいのに」

「わたし達のいる前で言わなくてもいいのにね」

「◯◯さんのご家族来てないのにあんなこと言って…」

と、呆れていました。

 

確かに愚痴を言える場所は必要です。

当事者のご家族は、本当に苦労し、当事者やきょうだい児、旦那さんや奥さん、更には親の介護までするかたもいらっしゃる。そりゃ愚痴を言いたいわけです。

 

問題は何処にあるか?

わたしは以下の問題点があると思います。

・当事者のいる場所での家族会の開催

・司会者などが不在な場合

・情報が不十分

・家族の高齢化

・当事者の障害を受け入れきれない

 

この5点は本当に重要な問題点だと思うのです。

 

まず当事者のいる場所での開催は、家族関係を悪化させるケースが多いです。当事者にまる聞こえなわけですから、どうしても当事者のいる時間帯にしか出来ないのであれば、部屋を分け、お茶出しなどは職員の方がするべきであり、コミュニケーションの練習で当事者にさせるなどというのはこの場合ちょっと違います。

因みにこの作業所ではその場にご家族のいない知的障害のある利用者さんにお茶出しを職員が指示し、その利用者さんがお茶を出して戻って来た時に

「あの人たち◯◯さんのこと言ってたよ」

と告げ、後で家に帰った時親子喧嘩が勃発した利用者さんがいました。

 

そして、司会者などの不在。

これは仕切る人がいないと、制限なく脱線してまで話をするかたがどうしても出てしまうという観点から、人を回してでも司会者や仕切るかたは必要だということです。悩みを話せば当然話が長くなりますが、そこは病院の診察と一緒で時間を区切らなければ他のかたは話せません。家族会であれど配慮は必要ということです。

 

次に、情報が不十分。

これは支援情報もそうですが、当事者が働いている場面や、交流している場面をご家族がわからないところは多々あります。会社の仕事を毎回見学するわけにいかないのと同じで、作業所や施設も好きな時にいつでも見れるというのは当然ながら間違いです。そこで、多いのが、見学に来たご家族が作業中の当事者に

「あなたもっとしっかりしなさいよ、◯◯さんもっとちゃんとしてるじゃない!」

と比較するケース。1番やってはいけないことですが、わたしがきいた範囲では1番多かったです。当事者は作業中ですから、本来は声をかけることはしてはいけないのですが、その場面だけを見たご家族は、家に帰って指摘するという話も珍しくありません。当事者は予測していても見られるということに抵抗を感じるかたは少なくありません。当然緊張して普段はしないミスをしてしまうこともあります。そこだけをどうしてもご家族は注意したくなってしまうものですが、壮大な緊張感の中当事者は作業しているのだということも、知って欲しいという声も広めたいです。

 

次に、家族の高齢化。

これはどの家族も免れません。高齢になれば忘れっぽくなり、また家族も支援を受ける側に回ります。若いご家族のかたに痛烈な批判をする高齢のご家族も少なくありません。そこが、その場にいない別のご家族の噂をする場面に繋がります。これは避けたいものですが、ある程度わかるかたがカバーするしかありません。その為に、司会者などの存在も必要になります。家族会もルールがありますから、そのルールには最低限乗らなければ批判を受ける側になってしまいます。

 

最後に当事者の障害を受け入れきれない。

これは当事者が受け入れきれない以上に問題になってきています。前述した家族の高齢化もありますが、特に精神障害発達障害など、子どもがある程度大きくなってからや大人の家族が発覚するケースもある障害の場合、突然告げられればまず本人が戸惑います。そして、ご家族も当然ながら戸惑います。しかし、その戸惑う当事者を支えるのは家族やその周りの人たち。

もし、家族が理解が無ければ、当事者はどうするか?

・1人で支援者を探し、支援を求める

・1人では最早どうにもならず、引籠ったり心を閉ざす

・最終的には家族が放棄し、強制入院になったり警察が動くケースもある

などでしょうか。

 

1人で支援者を探せる気力のある当事者はまだ大丈夫と思われがちですが、家族の同意無しには…と役所や支援機関が言ってしまえば、後者2つのケースも免れません。

家族の理解の無いけれど同居しているかた、別居していても家族のしがらみを避けられないかたへの支援も、考えなければならないと最近ひしひしと感じます。

 

話がずれましたが、当事者に関する愚痴を言うこと、当事者が家族の愚痴を言うことは、やはりそれぞれの家族や当事者が個々でリスクも考えながら、出すべきところで吐き出すしかないのが現状なのかもしれません。

 

当事者である家族がネットの危険に晒されても、結局は自己責任というわけにいかず、家族が巻き込まれることが殆どです。そうなる前に、適切な支援や理解、機関を利用できるような世の中になれば、当事者も家族も、自由に物を言えたりするかもしれません。

 

愚痴を言うことも制限されてしまったら、疲れてしまうだけですから、ちゃんとものが言える場所を作れれば本当にどれだけの人が救われることでしょうか。ただ、それを作るのは本当に沢山の人の協力が無いと難しいのも、この世の中の課題なのかもしれません。。。

 

2016.9.28

とりあえず検査結果みて思ったことをざっと…。

癲癇 発達障害 心理 ナルコレプシー PTSD

新たに病状がわかりました。

 

流石にこれには落胆。

 

とりあえずナルコレプシーがあるか調べることになりましたが、ここで癲癇の疑いが浮上。
話をしていて突然話が全て飛んでしまうのが、解離か癲癇かどちらかだということ。
その場合特定の医師のみ処方出来るリタリンか、ADHDに使われる薬のコンサータを用いって治療するが、そのかわり癇癪や覚醒作用がある為予後は良好ではない。そうなると手段もまた限られてくるそうです。

 

そして、AQテストの結果はもっと落胆するものでした。

 

AQテストとは5個の項目に分かれていて、点数は各項目10点満点で、高いほど問題だというもの。
そのうちの1項目が8点、2項目が9点と高かった。その9点のひとつがコミュニケーションでした。コミュニケーションに問題など無いんじゃないのと周りはよく無責任に言います。けど、わたしはそれが苦しくて、その原因がこれだったのです。

 

9点のもうひとつは細部への注意。そして8点は注意の切り替え。ここでADD(不注意優勢)はほぼ確実。
一方、社会的スキルは4点、想像力は5点とまあまあ。総合点数は35点で、カットオフ(上限)の33点をオーバーしていました。

 

更に2点コード評価表。ここで問題が発生。
このテストは質問に対しそう、ちがう、どちらでもないの3つを選び、どちらでもないは全項目で合計10個以内におさめなければならないもの。
そこで「合致」とされた病名コードには「精神病気質(非社会的)・パラノイア」「精神病気質(非社会的)・精神分裂病」「パラノイア精神分裂病」の3項目が合致。これが何を意味するかはまだ定かではありませんが、主治医によると「短期精神病性障害」「解離(転換)性障害」「複合性発達障害」とのこと。

 

そしてMMPI報告書1尺度別点数表。
これはかなりバラつきがありました。上は87.4点から下は34.1点。合計14項目ありましたが、平均的と書かれているのはそのうちの半分の7項目。
他には妥当性有り、正直に応えていない可能性有り、特定の領域の問題を自認、故意に悪い印象を与えるよう見せかけている可能性有り、社会的価値観、社会規準を取り込むことができない、など。


そして、最もショックだったのが、1番高い得点の項目の2つに、精神病的行動が表に現れる、激しい精神病的行動を示す可能性がある、と書かれていたこと。

 

自分でも恐ろしくてたまりませんが、確かにわたしはその心当たりはあります。


人を全否定は出来ないものの、憎い人物に関してはその人生をも壊そうという思考が無くもないのです。例えば母親に関してはそうです。
それから最初に9年4ヶ月通った作業所の職員、施設長には途轍も無い憎しみがあります。全てを奪って破壊したいほどの怒りがあります。

 

その辺りがわたしの精神病的行動なのでしょう。
そしてそれを此処に書くこともそうなんだと思います。

 

ただ、それを自覚して自制出来てるのが、特定の領域の問題を自認という、結果に出ているのでしょう。

 

この状態に陥った発端は、虐待、過干渉、けん制を長年に渡りされたこと、それからクリスチャンという宗教にわたし自身が洗脳されかけていたことだそうです。

 

これを受けて、わたしは幾つか考えました。
最初に9年4ヶ月通った作業所を訴えること、棄教する時期を早めること、その他幾つかありますが、現実的なのは棄教することです。
これはもう行ける時に手続きをしようと思ってますし、主治医もOKを出しています。
ただ、作業所を訴えることが果たして妥当なのかは、まだ分かりません。主治医の意見を待ちます。

 

一方、意外にも抑うつ、ヒステリー、精神衰弱には合致しませんでした。とりあえず鬱は軽いのは確実で、あとは成長過程で著しく人格を傷つけられたことが精神分裂病のコードに合致したとのこと。しかし、やはり統合失調症は無いだろうとの見解もありました。

 

非常に怖いですが、後は発達の検査WAISⅢ、そして生育歴の調査から全てがわかるそうです。

いずれにしろ全てが判明するのは10月末。
それまでどうやって状態を保たせましょう。。。

 

わたしには、先が見えません、というか、見えなくなりました。。。