ももたんの発達障害ライフ

発達障害当事者であるももたんの声をお届けします

数年に一度の大うつ患いました…

ここ数日、1日に12時間は眠ってしまうことが続き、このままでは春先から始めようと思っている仕事も出来ないと、主治医に相談しました

 

主治医に前にこの時間寝てしまう時期はいつだったかきかれ、答えたところ

「これは…波、じゃないかしら?」

と答えました

「どういうことですか?」

ときくと

「今、とてもうつ状態なんだと思う」

と。

 

なるほど、うつか、だからこんなに落ち込むし寝るし体重も落ちたし…

全て納得がいきました

 

退院して少し考え方は前向きにはなりましたが、趣味をなかなか楽しめなかったりする日も続き、どうにかならないものかと悩んでいました

結局ソラナックスという薬を処方され、落ち込んだ時に飲むように言われました

 

また、カウンセリングでは今回も「きつい、つらい」を連発しましたが、伝えることは伝えられたかなと思います

心理士さんは本当に優しくて救われます

 

うつの対策法としては、とにかく休むこと、好きなことをすること、と自覚しています

こんなことして怠けていないかと思い始めたら休む、など、セルフコントロールが大切だなあと思いました

 

カウンセリングでは課題を出されました

ひとつは沢山泣いたのでハンカチを洗濯する(いつもしてるけどこれを課題にすることでまた心機一転)、もうひとつは綺麗な画像を見つけてくる、です

心理士さんも画像を探してくるよ、と言ってくださったので、楽しみです

 

この大うつを乗り越えたら、きっと道がひらけるんじゃないか、そんな気がします

乗り越えた先にあるものは、まだ何も見えやしませんが、いつか見つけられたら、それを輝かせて自分の糧となるものにしていきたいと、心から願うばかりです

 

大うつを患ったとはいえ、少しずつ考え方を変えていくことで、自分で自分を救い出す、そんな成長をいつか人に見せられたら、と思います

め も ぶ ろ ぐ 1/21

昨日はほんとにあったかい空間に居れた

わたしが昨日涙が溢れて止まらなかったのは、凄く嬉しくて、安心して、ホッとして、なんか包まれた感じがしたから

久しぶりに味わった感覚、嬉しくて泣く以外のことが出来なかったし、涙を流す以外の感情評価方法も見つからなくて

感情がぐわって昂ぶって抑えられなくて、もうダメだってなって、涙が溢れたんだけど、その涙もなんかいつもより沢山出てきて

 

涙がこんなにあったかく感じたのはいつぶりだろう?

こんなに感情が昂ぶって胸が苦しくなったのも久しぶりだった

ほんとはもっと声も出して泣ければいいのにと思った

昨日は抑えちゃってたけど、次回はちゃんと抑えないで感情をそのまま出せるようになりたい

 

泣くことって大切で、我慢しちゃいけない時はとにかく流れに身を任せて泣いていいんだってわかった

 

昨日は唇噛んで我慢してたのさえ抑えられないくらい感情の昂りがやばかった

顔がぐしゃぐしゃになるまで涙が出た

「きつい」って言ったのは、苦しいとかよりも、感情がやばくてきつかったのかも?

K先生を選んでくれた主治医もすごいし、K先生がわたしを見てくれたこともすごいと思った

K先生ともっと話したいって思えたし、毎週話せるなら話していっぱい泣きたいって思った

 

泣きたいのは本当のわたしが思ってること

今も顔が泣き顔になりそうで

 

K先生ありがとう

本当のわたしを見つけてくれてありがとう

どんなわたしも受け入れてくれてありがとう

泣いていいんだよって言ってくれてありがとう

 

来週もたぶん泣いてしまうと思うけど、今度はちゃんと先生の顔も見れるようになりたい

まだちゃんと見てなかったね

先生とは長い付き合いになるかもだから、ちゃんと顔も覚えたい

 

わたし、K先生がだいすきです

 

あとは、依存しないように、けど、先生に心を委ねられるように

 

それがわたしの課題です

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今日のカウンセリング

今日は診察とカウンセリングでした

新しい心理士さんになって3回目のカウンセリング

 

昨日のブログで人格統合したいと書きましたがそのまま伝えました

カウンセリングの時に「カウンセリングで話してる自分は本来の自分じゃない」「本来の自分を出したい」と訴えました

 

心理士さんは「人格統合は焦らないほうがいいよ」と仰ってくださったり「作品見たいな」と声をかけて本来のわたしが出るように誘導?ぽくしてくださったのですが、本来のわたしが出てこようとした時、抑えてしまう人格が出てしまい「抑えなきゃ」と言ってしまいました

心理士さんもそれを見抜いていて「そうだよね、今飲み込んじゃったもんね」と少し寂しそうな顔で言ったのを見て、わたしは我慢出来ず涙が溢れました

「きつい」と泣きながら言うわたしに、心理士さんは「きついよね」と共感の言葉をかけてくれて、やっと今の心理士さんになって3回目のカウンセリングにして本来の自分が出てくれました

 

心理士さんは泣きじゃくるわたしを優しく見守ってくださったので、本当に安心しました

安堵からか涙が止まらなくなり、暫くの間わたしは泣き続けました

 

時間になると「そろそろ現実に戻らなきゃね」と心理士さんが言い、ゆっくりと5分くらいかけて現実に誘導してくれました

現実に戻りたくないとわたしは泣きましたが、ここで人格統合とは本当に時間のかかるつらい作業なんだとやっと気付きました

永遠にこの時間が続いて欲しいとさえ思うくらい、暖かい空間に40分間いることが出来たけど、もう時間でした

 

「人格統合ってきついけど、頑張らなきゃいけないね」とわたしは最後に言うと「そうだね、さよならしなきゃいけないからつらいと思う、けど、焦らないでね」と心理士さんが言ってドアを開け、わたしは現実に戻りました

 

待合室でわたしは放心状態でした

何も言えず、いつも見ているスマホすら見れず、呆然としていました

そんなわたしを、カルテを持った心理士さんがちらっと見ながら横を通っていった姿だけ覚えてますが、あとは殆ど何も覚えていないくらいの放心状態でした

帰りの電車の中で半分は寝てたかもしれません

帰ってきてからも1時間以上眠ってしまいました

 

カウンセリングでは本来の自分を取り戻し、いつかは人格統合したいというのが目標ですが、それは本当に時間のかかるつらい作業です

失われた時間は取り戻せません

そこに如何に向き合い、自分というものを見つめられるかが、今後の課題だなと思いました

 

次回のカウンセリングは来週です

また涙のカウンセリングになるとは思いますが、それでもいいんだと思える自分に、またなれたらそれで十分なんじゃないかと思います

 

カウンセリングの時ぐらい、心理士さんに心を委ねよう、そう思えたのが今日の収穫でした

何を求めていたのか…

最近、心理療法に凄く興味が湧いていたのですが、わたしが心理士さんとずっとやりたかったことがいくつかありました

 

箱庭療法、バウムテストの他に、心理士さんと「絵を描きたい」という気持ちがふと浮かんだのは、ここ2、3日のこと

 

絵を描くっていっても、油絵の具とか使う本格的なのじゃなくて、鉛筆とかでいい、ただただ絵を描きたい、という気持ちでした

 

そして、さっきもまた明日のカウンセリングや診察に向けて気持ちを纏めていた時、その気持ちが浮かんできたので、書こうとして突然涙がこみ上げてきました

 

何故なのか

 

わたしは子どもの頃、子どもらしい子ども時代を過ごしていません

常に大人に囲まれて大人に合わせて会話をしていました。そうすることで認められてる気分になっていました

 

30歳にもなって癇癪を起こすなど「赤ちゃん返り」をするようになって、何をわたしは求めていたのか

その答えがやっと出ました

 

「子ども時代を本当に心の底からやり直したかった」のだと

 

こうして書いている間も子どもの人格たちが癇癪を起こして、自分を叩いたり暴言を吐いたりする時間が続きます

 

とにかく振り返りたく無い過去を思い出す度に子どもの人格は暴れます

最近はブログを書く度に頓服を飲まないと書けなくなりました

このブログもいつまで書き続けられるかわからない状態です

 

カウンセリングでは必ずと言っていいほど本来の自分を失います

意識や記憶はハッキリしてますが、人格が出るのです

恐らく心理士さんも気付いてると思います

 

ブログを書いてるのはわたし自身、けど、その間に足を叩いたり暴言を吐いたりするのはわたし自身の中にある人格たち

 

明日のカウンセリングでもそのことを伝えられるかもわかりません

 

そもそもこのブログの今書いてる文章もこのようなことを書く予定では無かったのですが、だんだん支離滅裂になってきたのは、人格が、邪魔をしているからです

 

両手の掌が腫れ上がるまで足を叩いてまで、わたしはブログを書くべきでは無いのかもしれません

 

人格たちはことごとくわたしの邪魔をしてきます

 

自分を人格たちごと消し去りたいとさえ思います

 

そろそろ無理矢理にでも人格統合をしてしまいたいものです

 

自分でも何を書いてるのかわからなくなってきたので、この辺にします

 

写真は入院中に組んだブレスレット(肘側)と退院してから組んだブレスレット(手首側)

若干石が濁ってきています…

 

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入退院して起こった変化

今回入退院して起こったことを纏めてみようと思います

 

今月2日から任意入院で、都内の病院に28日までおよそ4週間入院しました

環境の変化に順応出来ないわたしは、看護師とも話せず、ただポケットに手を突っ込んで忙しそうに動き回る同年代の看護師や介護士の姿をじっと見ているだけ

何かして欲しくても、話をきいて欲しくても、何も言えずに黙っていました

そんな状況の裏側には「こんなことで呼んで迷惑ではないだろうか」「迷惑をかけたらいけない」という思いが交錯しており、結局最後まで言えなかった気持ちもありました

 

本当は凄く寂しくて、ナースステーションの前にいる時は大抵いっぱいいっぱいで、誰か!と心の中で叫んでいましたが、声に出さないし言葉に表現出来なかったので、当然伝わるわけもなく、虚しく時だけが過ぎていきました

 

看護師に心を少しだけ開くようになったきっかけは、担当看護師のNさんでした。いつも元気でハキハキしてて、最初に見た時から「ああ良い人だなぁ、わたしもあんなに元気になれたら」と思っていた人がまさかの担当看護師と告げられたのは、Nさんが夜勤の時にわたしの部屋に来た時でした。既に入院して10日近くたっていました

 

その後、Nさんがきっかけで色んなスタッフと少しずつ話せるようになりましたが、最後まで「寂しいんだ、怖いんだ」という気持ちだけ、言うことも無く退院してしまいました

 

退院して待っていたのは「何もわからない」というパニック状態でした

 

食事、着替え、片付けなど、全て、自分が今まで何をどうやって暮らしてきたのか全くわからなくなり、大号泣しながら相談支援員、病院と電話をし、自分は一体どうすればいいのかをきくという事態に

 

まるで自分が初めての場所に連れ込まれて1人隔離されているような感覚でした

 

恐怖からもしかして自分は飛び降りてしまうんじゃないか、とか思い始めた為、翌日泣き腫らした顔でクリニックへ

そこでわたしは「支援態勢整うまで危険な場合再入院も考えたほうが良い」と告げられました

 

それもそのはず、訪問看護が入るのはまず1月2週目に顔合わせ、そして手続き、それからなので、早くとも1月下旬になるとのことなのです

 

わたしは考えに考え、とりあえず様子を見るという結論に達し、年明けに調子が崩れるようであれば再入院を検討することにしました

 

発達障害者にとって、環境の変化は本当に恐ろしいもので、わたしは約4週間全て管理をされている場所から、誰もいないたった1人の家に戻ったということは、見守りのあったアットホームな場所から、無人の離島に流されたような感覚でしか無かったのです

その自宅という無人の離島で今まで生活してきたのを取り戻す為に、一度外泊もすればよかったのですが、それをする余裕や時間が無かった為、叶いませんでした

 

わたしが入院中ずっと抱いてた「こわい」という感情は、このことだったのかとやっと思い知った感じです

ちゃんと支援態勢が整ってない、環境も整ってない状態で戻ってもダメだったのです

 

とりあえずまだ恐怖感やパニックがおさまらない為、1人で居たくないという気持ちはありますが、何とか生きる為に薬をきちんと飲んで、食事もとって、最低限のことはして年明けまでを過ごそうと思います

 

恐らくですが、再入院は免れない状態です…

医療保護入院だけにはならないように、気をつけていこうと思います

入院してました

お久しぶりです

 

入院してました

 

とりあえず入院直後と今現在の退院直後の自分の状態を見て、自分は如何に環境変化に弱いのか、よくわかりました

 

入院中は全室個室の病棟(!)だったので、自由にハンドメイドをしたり、出掛けたり、比較的フリーだったような気がします

 

担当看護師さんが本当に優しくて、面白くて、いつも元気付けてくれて、落ち込んでる自分の癒しでした

 

今回入院して得た課題は

「目先の目標を立てること」

です

 

将来的な目標は立てられても、今日明日、1ヶ月後などといったすぐ先の目標が立てられないのが一番の問題でした

 

それが入院中出来なかったがために、退院直後、何をどうすれば良いのかわからなくなり、大パニックを起こしました

 

食事、服薬、着替えなど、入院前に何をどうして暮らしていたのか、全てがわからなくなったのです

 

途轍もない恐怖感は、退院3日目の今もまだ抜けません

 

昨日結局年内最後のクリニックに行き、支援態勢整うまでは、年明けからの再入院も視野に入れるようにと言われました

 

最初は「また入院しなければならないのか」という申し訳なさがありましたが、本来もっと入院しなければならなかったのを、1ヶ月で退院したのも今回の不調の原因なのかもしれないと納得はしました

年明けの診察で主治医と相談し、今後どうするのか?を決めなければなりません

 

ただ、例え再入院したとしても短期間(支援態勢が整うまで)しか入院しないので、何とかなるかな、とは思っています

 

そろそろハンドメイドのブログも再開したいし、グダグダ言ってる場合じゃないけれど、自分にとっての最善を見つけなければなりません

 

焦っても良いことなんて無いから

 

とりあえず、お昼ご飯、何食べようかな?

 

写真はクリスマス会をサボったわたしに、看護師さんが「あなたのぶんだよ」って渡してくれたプレゼントの入浴剤です

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わたしの解離性障害

わたしは親と支援者からの虐待によるPTSDから、解離性障害を発症し、先日正式に診断がおりました。

 

わたしの場合は「解離(転換)性障害」といい、転換は気分転換の転換で、癲癇ではなく別物です。

 

わたしがどのような症状があるかを書きたいと思います。

 

一般的に「解離性障害」というと「多重人格」を想像されるかたは多いですが、多重人格は所謂「解離性同一性障害」と呼ばれ、「解離性障害」より重い状態とされます。

 

わたしの「解離(転換)性障害」は「思考の転換」があります。

自我もあり、意識があるのですが、口調や話し方、声色が変わります。意識は自分ですので、人格が変わるわけではありません。

 

思考が変わるとどうなるかというと、まず一人称が変わります。普段は「わたし」「わし」とよく言いますが、それが「僕」「俺」「あたし」になることもあります。

 

思考たちが会話をするように、代わる代わる出てきてしまうこともあります。

今把握してるだけで3〜40くらいの思考人格(とわたしは呼んでいます)が存在していますが、幼児思考が出ない限り、殆ど行動には表れないのが特徴的です。普段の行動をしながら一人称が変わったり1人で会話を成り立たせたりしています。

 

また思考人格たちはこのようにブログで書かれることをとても嫌います。勿論書いている今もわたしが操られるように癇癪を起こしたり奇声を上げたり、足をバタつかせて頭を振り乱して暴れたりしています。足を引っ叩いたりもします。また、その不快感から暴言を吐いてしまいますが、人に対してではなく、自分に向けてになります。暴れる時も自我があり、理性が働いているので物を壊したりすることはありませんし、自分が怪我をすることもありません。勿論他人を傷つけるつもりも毛頭無いです。

 

そして、これらの症状はわたしの場合は人前では殆ど出ません。

 

暴言を言う自分も意識があるので、なんでこんなこと言うんだろう?おかしい!と葛藤しながらそれでも吐かなければいずれ自傷行為にも及ばざるを得ないので、吐き出さなければなりません。近所迷惑にならない程度に布団に物を叩きつけたり、奇声も大声まではいかなかったり、かなり理性を働かせているのが自分でもわかります。

 

解離性障害の自分への対応に困る方もいるかと思うので、わたしへの対応その他諸々を書きますね。

 

まず、人が変わったようになった時は「おかしいよ」「今解離だよね?」などと言ってはいけません。思考人格はそれにより気付かれてしまったことで更に思考人格を増やします。つまり、悪化します。事実今までもそのようなことは多々ありました。しかし増えることに最近まで気付かず、今まで指摘してくださった方に気付いた今、改めて言わなければと思い、書いています。あと「人格否定」をすれば、当然悪化します。絶対に思考の変化や人格の変化を否定したりしてはいけません。

 

また、思考人格や人格がわたしではない別の名前を名乗ることがありますが、名乗ったら「今は〇〇さん(くん)なのね」ではなく、ダイレクトに「〇〇さん(くん)」と呼んでください。そして、その思考人格や人格に合わせて話しかけることが大切です。彼らは満足すれば去っていき、元のわたしに戻ります。

 

いくつかわたしの名前のある思考人格を紹介しましょう。

 

「名無しくん」23歳、男の子。一人称「おれ」

「こころ」4歳、女の子。一人称「あたし」

「ひらがなちゃん」年齢不詳、女の子。一人称「あたし」

 

主に出てくる名前のついた思考人格はこの3人。「こころ」は殆ど出てきません。大抵は「名無しくん」が一人称「おれ」で出てくるか、オール平仮名で子どものような口調でツイートしてたら「ひらがなちゃん」だと思います。

 

他にも男の子だと5.17.18.22.24.25.26歳くらいの思考人格、女の子は更に多くて0.2.4.5.6.7.9.10.11.12.15.18.21.27.30歳の思考人格か今まで出てきていて、そこに先ほど上げた名無しくん、こころ、ひらがなちゃんが、加わります。厄介なのは4歳の思考人格が3人いること。こころを含めて4人います。

これは把握してるだけなので、まだまだ思考人格は出てくると思います。

 

ただ、これらの思考人格が出ていても、意識は今のわたしで、ただ操られてる感覚です。

 

解離性同一性障害の場合は人格も変わるのですが、解離転換性障害との違いは、覚えていないことです。解離性同一性障害のかたが人格が変わるとその間のことは全く覚えていません。

人だけでなく、動物になるケースも出てきています。それを病院に報告する際に動画を見せるという手段がありますが、なるべく本人を外して本人のいない場所で主治医に見せるのが妥当だと思います。本人は覚えてないですし、恥ずかしいですし、核心を突かれて更に症状が悪化することがあるからです。

 

いずれにしろ、解離性障害、解離転換性障害解離性同一性障害のかたが別人のように話してても、否定したり指摘することは絶対にいけないこと。これは是非当事者のご家族や、ご友人、その他周りのかたに理解していただきたく思います。

 

本来ならもう少し詳しく書くべきなのですが、何せ癇癪、暴言が酷く、頓服を飲みましたが効かないという状態に陥った為、この辺りにします。

 

本当は文章ではなく、音声のほうがやりやすいです。何故かと言うと、文字化することが難しいからです。

 

わたしの解離についてききたいかたは、今後はもうスマホからは文章には出来ません。たったこれだけの文章で癇癪、暴言、身体を引っ叩く、身体の痛み、痒み、奇声が物凄いからです。凄く凄く疲れました。

 

なので、今後は個別Skypeなどの通話ツールを考えております。ID知りたいかたはDMをください。

 

本当に疲れたので、暫くブログは難しいかも知れません。

 

ただ、これが、「解離性障害」なんだということを知っていただければと思います。ご理解とご了承願います。

 

では、またの更新を楽しみにしていてくださいませ。

 

※次の公開更新は、11月半ばを予定してます。それ以前のブログはTwitterでは公開しません。見たいかたはDMいただければURLを送ります。よろしくお願い致します。

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