ももたんの発達障害ライフ

発達障害当事者であるももたんの声をお届けします

当事者に関する愚痴をどこで言うか

突然こんなことをタイトルにしてますが、これは最近問題になりつつあるなぁとわたしは思います。

 

発達障害精神障害知的障害など様々な障害の当事者のご家族が、当事者の前で当事者であるご家族の愚痴を言ってしまう。

 

これが最近当事者に色々な影響を及ぼしてるように見えます。

 

まずはネット。

 

勿論、ネットなどでしか愚痴が言えない、本人の前では言えないからネットで言う。それはわかります。当事者もそうしてますし、障害とか関係なく、会社の愚痴、ママ友の愚痴を言う方もいらっしゃるから。

 

けど、それがその該当する人物の目に入ったら…?

 

例えば障害を持つお子さんがスマホを持つ年代としましょう。親御さんがTwitterをしていたとします。仮に、お子さんもTwitterを親御さんの知らないところでしていたとしましょう。アカウント、匿名だからバレない!バレてもみんな同じようなこと言ってるから大丈夫!なんて思ってるかた多いと思いますが…これ、場合によっては特定出来てしまいます。

 

その原因のひとつとわたしが提示するのは登録時のアドレスと、その後登録できる電話番号。まず、お子さんのスマホのアドレス帳に親御さんのアドレス及び番号は少なかれどちらかは入っています。その場合「検索」が出来てしまいます。勿論設定で検索不可能にすることは可能です。ただ、安易にはいきません。親御さんのお友達やお知り合いのアドレス、電話番号が入っていれば、そのかたがTwitterをしていればそこから検索するかたもいます。

 

要は、面倒だけどTwitterでお子さんに知られず愚痴を言いたければ、アドレスはお子さんの知らないものを使う、番号設定はしなくても良いのでしない、更に言ってしまえば鍵垢にする。

これでお子さんは親御さんのツイートをみることは出来ないでしょう。

 

まさかうちの子はそこまでしないよ!って言うかた。

発達障害など障害のあるお子さんに限らず、親御さんが頻繁にネットをしていれば何かしら気になります。子どもは親の変化に過敏ですから。だから、中学生や高校生ともなればそこまでするかたも出てきます。

実際、わたしもTwitterを始める時はアドレス検索をかけ、自分の家族がTwitterをしているか確認してからアカウントを始動させました。勿論番号登録はしていません。アドレスも自分しか使ってないものを使用しています。

 

え、ここまでしないと楽しめないの?というかたもいると思いますが、ここまでするんです。しなければ例えば会社の上司が知ってるアドレスであれば、上司の愚痴を匿名で言っても、社員の愚痴であることがバレます。リアルの友達を冗談で小馬鹿にした場合、リア友が検索をすればバレます。だから、皆さん大抵はアカウントは非公開(鍵垢)にしたり、自分しか知らないアドレスで登録し、検索不可能にするなどしているのです。

 

ネットは世界に広がっていますが、世間は狭いです。家族はもっと狭いです。それを自覚してリスクを覚悟でやるのがネットです。

 

でも、愚痴は言いたいですよね?

その為に非公開設定があるのです。非公開設定、いわゆる鍵垢を、大いに利用していけば、愚痴のひとつやふたつでも存分に呟けるのではないでしょうか。

 

ちなみにわたしも非公開設定のアカウントはありますし、表垢で言えないことはそこで呟いています。ネットは自由だけれど、家族関係がそれで破綻することは、どのご家族でも防ぎたいものですね。

 

 

続いては家族会などです。

多くの作業所、施設などには、当事者のご家族が悩みを共有する「家族会」なるものが存在します。

しかし、わたしが幾つかの作業所や施設の家族会の実態をきいたり調べたところ、まるで愚痴の言い合いの会になっているところが多々あることがわかりました。

 

(これはわたしが個人で調べたもので、統計が出されてるわけではありません。1人にきいたら芋づる式にわたしもうちもと出てきたので、TwitterFacebook、さらには実体験とネットサイト、ニュースなどを細かく見て時間をかけて当事者の声を調べました。あくまで当事者の声とその状況を見た職員、一部のご家族、ボランティア体験をしたかたの声などです。当事者の場合過大妄想になり兼ねないので、そこは考慮しているつもりです。それをご了承の上で、この後の文章をご覧ください)

 

まずは実体験から。

わたしの通っていた作業所にも家族会はありました。コンセプトは当事者の家族が定期的に作業所に集まり、そこで家族同士で悩みを共有するものでした。

 

しかし、実際きこえてきた会話は、当事者の愚痴なら未だしも、夫や妻、更にはそこに参加していなかった別の当事者のご家族のことまでに及び、お茶出しなどの接待をしていたわたしや他の利用者さんは

「愚痴さえ言えればいいの?もっと有益な話すればいいのに」

「わたし達のいる前で言わなくてもいいのにね」

「◯◯さんのご家族来てないのにあんなこと言って…」

と、呆れていました。

 

確かに愚痴を言える場所は必要です。

当事者のご家族は、本当に苦労し、当事者やきょうだい児、旦那さんや奥さん、更には親の介護までするかたもいらっしゃる。そりゃ愚痴を言いたいわけです。

 

問題は何処にあるか?

わたしは以下の問題点があると思います。

・当事者のいる場所での家族会の開催

・司会者などが不在な場合

・情報が不十分

・家族の高齢化

・当事者の障害を受け入れきれない

 

この5点は本当に重要な問題点だと思うのです。

 

まず当事者のいる場所での開催は、家族関係を悪化させるケースが多いです。当事者にまる聞こえなわけですから、どうしても当事者のいる時間帯にしか出来ないのであれば、部屋を分け、お茶出しなどは職員の方がするべきであり、コミュニケーションの練習で当事者にさせるなどというのはこの場合ちょっと違います。

因みにこの作業所ではその場にご家族のいない知的障害のある利用者さんにお茶出しを職員が指示し、その利用者さんがお茶を出して戻って来た時に

「あの人たち◯◯さんのこと言ってたよ」

と告げ、後で家に帰った時親子喧嘩が勃発した利用者さんがいました。

 

そして、司会者などの不在。

これは仕切る人がいないと、制限なく脱線してまで話をするかたがどうしても出てしまうという観点から、人を回してでも司会者や仕切るかたは必要だということです。悩みを話せば当然話が長くなりますが、そこは病院の診察と一緒で時間を区切らなければ他のかたは話せません。家族会であれど配慮は必要ということです。

 

次に、情報が不十分。

これは支援情報もそうですが、当事者が働いている場面や、交流している場面をご家族がわからないところは多々あります。会社の仕事を毎回見学するわけにいかないのと同じで、作業所や施設も好きな時にいつでも見れるというのは当然ながら間違いです。そこで、多いのが、見学に来たご家族が作業中の当事者に

「あなたもっとしっかりしなさいよ、◯◯さんもっとちゃんとしてるじゃない!」

と比較するケース。1番やってはいけないことですが、わたしがきいた範囲では1番多かったです。当事者は作業中ですから、本来は声をかけることはしてはいけないのですが、その場面だけを見たご家族は、家に帰って指摘するという話も珍しくありません。当事者は予測していても見られるということに抵抗を感じるかたは少なくありません。当然緊張して普段はしないミスをしてしまうこともあります。そこだけをどうしてもご家族は注意したくなってしまうものですが、壮大な緊張感の中当事者は作業しているのだということも、知って欲しいという声も広めたいです。

 

次に、家族の高齢化。

これはどの家族も免れません。高齢になれば忘れっぽくなり、また家族も支援を受ける側に回ります。若いご家族のかたに痛烈な批判をする高齢のご家族も少なくありません。そこが、その場にいない別のご家族の噂をする場面に繋がります。これは避けたいものですが、ある程度わかるかたがカバーするしかありません。その為に、司会者などの存在も必要になります。家族会もルールがありますから、そのルールには最低限乗らなければ批判を受ける側になってしまいます。

 

最後に当事者の障害を受け入れきれない。

これは当事者が受け入れきれない以上に問題になってきています。前述した家族の高齢化もありますが、特に精神障害発達障害など、子どもがある程度大きくなってからや大人の家族が発覚するケースもある障害の場合、突然告げられればまず本人が戸惑います。そして、ご家族も当然ながら戸惑います。しかし、その戸惑う当事者を支えるのは家族やその周りの人たち。

もし、家族が理解が無ければ、当事者はどうするか?

・1人で支援者を探し、支援を求める

・1人では最早どうにもならず、引籠ったり心を閉ざす

・最終的には家族が放棄し、強制入院になったり警察が動くケースもある

などでしょうか。

 

1人で支援者を探せる気力のある当事者はまだ大丈夫と思われがちですが、家族の同意無しには…と役所や支援機関が言ってしまえば、後者2つのケースも免れません。

家族の理解の無いけれど同居しているかた、別居していても家族のしがらみを避けられないかたへの支援も、考えなければならないと最近ひしひしと感じます。

 

話がずれましたが、当事者に関する愚痴を言うこと、当事者が家族の愚痴を言うことは、やはりそれぞれの家族や当事者が個々でリスクも考えながら、出すべきところで吐き出すしかないのが現状なのかもしれません。

 

当事者である家族がネットの危険に晒されても、結局は自己責任というわけにいかず、家族が巻き込まれることが殆どです。そうなる前に、適切な支援や理解、機関を利用できるような世の中になれば、当事者も家族も、自由に物を言えたりするかもしれません。

 

愚痴を言うことも制限されてしまったら、疲れてしまうだけですから、ちゃんとものが言える場所を作れれば本当にどれだけの人が救われることでしょうか。ただ、それを作るのは本当に沢山の人の協力が無いと難しいのも、この世の中の課題なのかもしれません。。。

 

2016.9.28