ももたんの発達と解離ライフ

発達障害・解離性障害当事者であるももたんの声をお届けします

わたしの解離性障害③〜マイワールド〜

解離性障害について綴り始めて3回目のブログ

 

今回はマイワールド(原初的世界)について書いていこうと思う

 

以前このブログで「帰るべき場所がきっとある〜わたしのファーストクラス〜」というタイトルで以下のリンクのブログを書いた

 

http://momotan0712.hatenablog.com/entry/2017/04/09/212756

 

大多数の人は自分の家という場所に住み、生活を送っている

人は地球という星に生まれ、親の元で育ち、学校に行って勉強をして社会に出て、次第にそれぞれ家庭を持ったり自立した生活を送るようになる

 

勿論その過程は様々で、親から離されて育った人もいれば、自分の親がどんな人なのか知らない人もいるし、学校や会社に行かずに遊んで暮らしている人、病気で病院が家のような場所だと言う人もいる

 

わたしが日々ネット(主にTwitter)を見て、よく聞く言葉がある

 

「星に帰りたい」

 

そう語る多くの人が発達障害解離性障害を持つ障害者である

 

こんなことを話してくれた解離性障害の女性がいた

 

「わたしね、自分は宇宙から来たと思ってるの。どっかのわたしだけが住む星があるんだよ」

 

まるで「自分は「火星の人類学者」のようだ」と述べたテンプル・グランディンの言葉のようである

地球に生まれ住んでいながら宇宙人の中で生きているようだとその女性は思っていたのだろうか

 

彼女の言葉をきいて、わたしは解離性障害のことが書いてある記事の中にあった、女性の言葉を思い出した。以下に引用する

 

「向こう側へ行くと私しかいない。自分と世界の境目がない。地面も、空気も、遊び相手も全部が私。向こう側は人がいなくて、言葉がない世界。元々いた場所へ帰ることで楽です。そこからいつ頃こっちに来たかがわからない」

 

これは解離性障害の専門の柴山雅敏氏著「解離の舞台ー症状構造と治療ー」の198ページ目に書かれていた言葉である

 

星に帰りたい、と言った解離性障害の当事者達の多くは、この「自分だけの世界」所謂マイワールド、原初的世界を持っているという

 

このマイワールドは、記事を多少引用して述べると、アスペルガーの女性が持っていることが多いとも述べられているそうで、現実世界に居場所が無かったり、人に同調したくても空気が読みきれず、物に同化したり溶け込む不安定さを抱えた人が持つ「原初の世界」自分だけのマイワールドだそうだ

 

解離性障害の人たちは空想世界(パラコズム)を構築していると言われる。わたし自身も思い当たる節がある

 

小学校高学年〜中学生の頃から物語を書くのが好きだった。しかしそれは自分が「こういう時こうなればいいな」という妄想や空想であり、ストーリー性があるかというとその辺りは曖昧であり「もしこういうことがあったらこうなってしまえば自分の思い通りだ」といった、自分の思い通りにしたいという欲求でもあった

 

ただそれが現実に起こりうることかというと、全く不可能であり、現実とは遠くかけ離れたものであった

 

ただ自分中心で世界が回ってしまえばどんなに楽しくて楽だろう、といった少々危険な妄想でもある

 

これが解離性障害と何か関係性があるのかというと、はっきりあるとは言えないが、少なくとも現実世界から自分を切り離し、自分だけの世界、空想の世界に毎晩眠る時に浸っていたのは確かだった

 

この思考は大人になるにつれて変化していく

 

それから20年ほど経ったわたしは、先ほど貼ったリンク先のブログで、具体的な想像を文章化している

ここからはそのブログを引用して解説していこう

 

ブログは

「そこは森を越えたとある草原  そこにはひとつの小さな木の小屋があります  わたしはそこへ、疲れ果てた状態で足を引きずって辿り着きます」

という文章で始まっている

現実世界に疲れきってしまった自分が、この世界を歩き続けて辿り着いた場所が、小さな小屋だという

 

続いて

「木の扉を開けると、そこにはわたしを助けてくれたり、見つけてくれた人たちがたくさんたくさん集まっていて、わたしを見て「おかえり」「待ってたよ」と笑顔で声をかけてくれます」

とある

実はこのブログを書いた時点で、この「たくさんたくさん集まっている人たち」が誰なのかは、明確にわかってはいない。ぼうっとした人影のような人が殆どなのである

このぼうっとした人影は、これから出会う人なのではと今も想像している

 

「人々はそれぞれに会話を楽しみ、料理に舌鼓をうち、本当に幸せそうにしています」

 

「わたしが例えボーッと座っているだけでも満たされるような、そんな空間」

「憧れてた温かい空間」

「帰るべき家がこんなところにあったんだと」

 

(中略)

 

「求めてた、けれど、届かなかった」

「憧れてた、けれど、手に入らなかった」

 

つまりこの空間は想像でもあり、自分が求めていたけれども叶うことがこの時は無かった、憧れの夢のような世界であり、自分が求めていた理想の世界でもある

 

このブログをわたしは涙をボロボロとこぼしながら書いた。切なくて悲しくて、でも想像の中では温かくて

その世界が本当にあるのなら、足を引きずってでも辿り着きたいと、わたしはブログで綴っている

 

自分はファーストクラスの座席に座れるような立場の人間では無いけれども、その場所が、空間が本当にあるのなら、其処こそが自分にとってのファーストクラスなのだと。。

 

ブログはこう綴って終わっている

「ありふれた日常の中で、その夢をずっとずっと見続けて、わたしは死んだら天国じゃなくて、其処に行くんだと、今もこれからもずっとそう思い続けるのでしょう(中略)この死後の世界へ僅かな希望があるからこそ、今を必死で生き抜こうと思えるのだ    そう言い聞かせて、明日も生きていこうと思います」

 

このブログでは「死後の世界」としているが、この世界こそ、わたしの中での「マイワールド(原初的世界)」なのだと、思っている

 

人が生きる上で、与えられて当然の「温かい家庭」の中で成長することが出来なかったわたしが、本当の家は自分の実家ではなく、此処なんだ!と改めて感じた瞬間であった