ももたんの発達と解離ライフ

発達障害・解離性障害当事者であるももたんの声をお届けします

暴走するブリキの車はハンマーで一度叩き潰して〜暴走する感情〜

わたしは以前、カウンセリングで感情の暴走を止めるなら、このタイトルのように訴えたことがある

 

「わたしのこの暴走する感情は、まるで暴走する壊れたブリキの車のオモチャなの」

 

自分の暴走しまくる感情や思考を、このようにカウンセリングで比喩表現することは、実は割と多い。その度に心理士さんからは、わかりやすいと絶賛のお言葉をいただく

 

では、どのようにしてタイトルの様な思考に至ったのか、書いていこう

 

ブリキの車(感情)は、オイル切れでおかしくなったのか歯車がズレたのか、猛スピードで暴走している。それを爆破して木っ端微塵にしてしまうことは簡単である。爆弾という名のストッパーでつらさを跳ね飛ばし、散り散りにさせて苦痛さえ忘れさせてしまえば、そりゃ楽だろうと思う

何故なら苦痛やつらさ、悲しみは全て何処かへ飛んでいってしまうからだ

 

しかし、そこにはデメリットがある

 

苦痛というものを忘れることで、自分のことや人の苦痛すらもわからなくなり、人として抱いて当然の感情が一部もしくは大半を失いかねないのだ

 

苦痛とはブリキの車の歯車を始めとする部品を意味する

爆風で吹っ飛んだ歯車は、何処に行ったのかなかなか見つからない。しかも、無くなれば新しいものに取り替えてしまえばいいのだが、新しいものにしてしまえば、それまで培ってきた経験から得た、自分の苦労すらも無かったかのような錯覚に陥る

また、傷だらけの歯車(自分の人生で苦労した勲章)や、未だ綺麗な状態の部品(楽しかったこと、喜びの経験)をも、全て吹き飛ばしてしまったら、それはどうやって探せば良いのか

もしかしたら見つからないかも知れない…そういった恐怖がある

 

暴走し続ければ何処かに行ってしまうし、爆破してしまえば大事な部品すらなくなってしまう

 

では、タイトルのように、ハンマーで一度叩き潰したとしよう

 

ハンマーで叩き潰すと、ブリキの車は部品はおろか、全てがぺっちゃんこになってその場に潰れてとどまる

つまり、どのパーツや部品も、吹き飛ぶこと無くその場に全て残るのだ

 

暴走を一度このようにとどまらせれば、自分が少し元気になり、また少しずつ歩みを進める時に、ゆっくりその場に残ったパーツや部品(感情、想い、気持ち)を修理し(向き合い)ながら、1つも失うことなく組み立て直してまた走り出す(歩みを進める)ことが出来るということだ

 

修理する(向き合う)ことは生易しいことではない。途中怪我(痛みを思い出し)したり、なかなか上手く組み立てられず、悔しい思いをするかも知れない。しかし、その苦しみ(葛藤であったり向き合う上でのつらさ)を乗り越えれば、ブリキの車は動けるまでになるのである

 

わたしはこの修理こそが、カウンセリングなどで自分と向き合うことだと思っている

そして、潰れてとどまっている間は、人にとっての休息期間だと思うのだ

 

ひとつひとつ、部品という名の自分の人生で培ってきたもの、気持ち、想い、経験などと組み立てながら向き合っていく

その為には爆破して木っ端微塵にしたり、暴走を止めず何処かにやってはならないと思う

 

大切なものまで、失いたくない

 

だからこそわたしは、暴走しているブリキの車という名の自分の感情を、一旦ハンマーで叩き潰して、その場にとどまらせて休ませ、ひとつひとつ整理して向き合いながら、また動き出せるようになりたい、と思うのだ

 

自分の感情や想いを比喩表現したものについては、これからも書いていけたらと思う